確かにここは同じ美大でも、さっきとは別世界だった。さっきはシリアスなパフォーマンスをやった直後で、しかも有名な評論家が来ていたので、みんな普段より張りきって難しいことをしゃべろうとしていたところはあるだろうが。高村は油絵科で感じる疎外感を、こういったサークルの別の空気を吸うことで、自ら癒していることがよくわかった。
この場の楽しくもダラダラしたおしゃべりの中で、一つの通奏低音みたいなものがあったとするならば、それはシゲさんの進路の悩み――その嘆き節をみんなで聞く――というものだった。
「いーよなーシノは、デザイン科で。コイツなんて内定三つも蹴ってんだぜ? 引く手あまただよな、デザイン科は――教授の推薦状さえあれば」
「なによ、就職試験イッコも受けてないアンタに言われたくないわ」
「バカヤロウ、彫刻科なんて就職活動したってろくなところに入れねえんだよ。ぜんぜん潰しが利かねえ技術だから。せいぜい造形屋だろ? ディズニーランドのバイトは散々したけど、アレはホント体に悪いんだよ。FRP臭いし、研磨した粉塵はどうしたって吸っちまうし。親方なんか有機溶剤で脳味噌半分溶けてっから、もう呂律回んないの。悪いけどああはなりたくないって思っちゃうよ。いざとなったら溶接工って手もあるけど、それは最後の手段だな……」
シゲさんは終始こんな調子だった。バッタさんはそれをニコニコしながら聞いていて、時々短く口を挟んだ。
「だからさあ……シゲもアジアに来ればいいんだよ……本当にぜんぜんお金かからないよー」
「わかってるけどさあ、オレはバッタほどレイジーになれないんだよなあ。田舎モンだから逆に東京大好きで。やっぱT・O・K・Y・O、トーキョーのアーバンライフをいつまでもエンジョイしてたいわけ、わかるー?」
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