「別冊文藝春秋 電子版31号」(文藝春秋 編)

 ようやく辿り着いた廊下が、酷く長く感じられた。いつの間にか真夜中のように暗くなっている。そんなに時間が経ったのか。さすがに大人たちが帰ってくるのではないか。この瞬間にも。

 出し抜けに玄関ドアが開いた。

 息を呑んで立ち止まる。狭い廊下に身を隠す場所はなく、ただ腰を落とすことしかできない。

「遅いよ、もう」

 ドアの隙間から顔を覗かせたのは、朋美だった。泣いているような怒っているような顔だった。

「早く出ろ、出ろって」

 苛立ちを隠さずにドアを開け放つ。

 わたしはほんの少しだけ安堵しながら、家を飛び出した。祐仁が車椅子を押しながら後に続く。

 茜は顔を引き攣らせていた。青ざめてもいた。完全に気を許したわけではないのが見て取れた。それでもその表情は、初めて会った時より晴れやかに見えた――

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