えくわっ、えくわっ、着物の子がしきりに鳴いている。
何だいありゃ、薄気味の悪い小僧だ。
坊っちゃんの首の根に、ぷちぷちと粟が立っていた。
ひとくちに神隠しと云っても、それこそ自然の現象から人さらいまで原因は沢山あるだろう。しかしそのいずれも、山と里のあわい、峠や坂道、橋のたもとや村境、さらには日没や日の出といった昼夜の移行帯も含めて、何事かの昏い境目に人が踏みこんだときに起こるものには違いない。
だとすると薫の心配はもっともだが、ひとつの目途からもうひとつの目途へと向かう旅の者たちも、こうした街道の中途ではその身を危険にさらしているわけで、だから薫、そんな蟇の子は放ってさっさと引き返してこいと坊っちゃんは叫びたくなった。そもそもこんな時分に遊んでいる子供たちが、こっちの世界の住人だって保証はないんだから!
「坊っちゃんさん、どうしたんですか」漸う子供を帰らせて薫が戻ってくる。「肩なんてすくめちゃって、怖いものでも見たみたいに」
「隠れんぼで神隠しなんて、迷信深いことを云うんだな」
「私は、神隠しにはうるさいんです」
何だいそりゃ、と云った坊っちゃんに答えずに薫は歩きだした。
眉と瞼のあいだを昏れた空にひろびろと伸ばして、夜のとば口の静寂を吸いこむようにして呼吸を整えた。
「こういう時間には、私も半分だけ去ってしまったような心持ちになります」
あやふやな翳りが横顔に差しては消えた。おきゃんな踊子も、ここしばらくは情緒に揺らぎが目立つ。
身も心もふやけっぱなしの坊っちゃんも似たようなものだった。
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