たてつづいた有為転変の事どもに、魂のほうが追いついていかない。あっけなく首都を打ち壊した震災にも輪をかけて、纐纈城で見えたものは惨烈極まりなかった。血の絞り染めのための轆轤や吊り具、恐ろしい仮面の王と鬼神のごとき剣客、悠久を生きる怪人や魔女、半人半虎もひっくるめて、あれはまごうことなく魑魅魍魎の宴だった。思い起こすだけで眩暈がしてくるじゃあないか。
そんなところに放りこまれた市井の男女、それがおれと踊子。現実への帰途を見失ったままのようなこの心持ちは、隣を往く薫としか分かち合えないと坊っちゃんは知っていた。
そういえば、薫が一党に加わった発端を聞いていなかった。
旅芸人の一家の娘で、天城峠のあたりで翁や六条院と出逢ったというが。
うら若い乙女がまたなんだって、アナキストの一味なんぞに?
旅一座の背景からして身請けの臭いがしないでもないので、これまでは詮索もしなかった。だけど今は、この娘だけが相照らす身の上なのだし。あらためて尋ねてみるかと歩きながら言葉を探したが、いざとなると口下手になる自分を忘れていた。適切な尋ねかたを探しあぐねるうちに、旅籠の門口に着いてしまった。
お疲れさんです、お姐さん。外出から戻った二人は、添いっきりで机龍之助を看ている聖に迎えられた。霊験あらたかな手かざしにも草臥れきったようで、産褥から這い出てきたように顔を浮腫ませ、ぬばたまの結髪を汗に乱して、後れ毛をその富士額に貼りつかせていた。
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