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『僕が20年ぶりに人ん家に泊まってわかったこと 東京民泊エッセイ』北尾トロ――立ち読み

『僕が20年ぶりに人ん家に泊まってわかったこと 東京民泊エッセイ』北尾トロ――立ち読み

北尾 トロ


ジャンル : #随筆・エッセイ

『僕が20年ぶりに人ん家に泊まってわかったこと 東京民泊エッセイ』(北尾 トロ)

 無理もない。気のいい男だから、僕が困っているならと宿を提供してくれたが、三十四歳の宮坂と五十八歳の僕は親子ほど歳が離れている。普段、外で接するときは会う目的やテーマがあるが、今夜は何もない。立場が逆なら僕だって戸惑ってしまうだろう。

「ここに泊まったやつって誰かいるのか?」

 沈黙に耐えきれず話しかけると、もっさりした動作で宮坂が振り向いた。

「いないっす。それどころか、社会人になってから部屋に人を泊めたことないですから。ボクと同じ独身男には、いまごろ部屋で彼女といちゃついてるやつもいるわけですよ。それなのに、初めての泊まり客がよりによってトロさんですからね。泣きたくなります。トロさんはこういうの慣れてるんですか」

 いや、友だちのところに最後に泊まったのがいつだったか思いだせないほど久しぶりだ。

「なんか困りますよね。あ、タバコ吸うんだったら換気扇の下でお願いします」

絵・日高トモキチ

 ここは他人の部屋。居酒屋とは違う。流しの前に立って換気扇を“強”にしてタバコに火をつけた。酒を飲んだせいか眠い。ゲームに戻った宮坂に、いつも何時頃寝るか尋ねると二時だという。

 時計を見るとまだ午後十一時半だった。ひとりで先に寝るわけにもいかないだろう。僕には宮坂の生活のペースを乱す権利はない。他人の部屋に泊めてもらうからには、なるべく相手のペースに合わせるべきだ。

 ゴウゴウとうるさい換気扇に煙を吐きだしたら、ついでにタメ息まで出た。大丈夫だろうか。他人の家に泊まるということを軽く考えすぎてなかったか。

 でも、もう引き返せない。僕はこれから上京のたび、友人の家を泊まり歩くヤドカリ生活をしなければならないのだ。

電子書籍
僕が20年ぶりに人ん家に泊まってわかったこと
東京民泊エッセイ
北尾トロ

発売日:2020年05月29日

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