たしかに僕は、狭いところに移ることで松本にいる時間が増えるのではないかと計算した。この機会を利用して、家族のいる松本と仕事場のある西荻に同じ比重で乗せていた軸足を、徐々に松本中心に変えたかったのだ。
二カ所に拠点を持つ生活を、仕事のためには仕方ないと考えてきたのだが、五十三歳になる妻と小学生の娘にしてみれば、慣れない土地で月の半分も、夫(父)不在で過ごすことを押し付けられた形。僕が仕事を隠れみのにしている時間、妻と子どもは寂しさや不安感と戦っているはずだ。だとしたら……。どうする。間借りしてアパートを探すか、他を当たるか、どっちだ。
いや待て。東京滞在期間を出張と考えるのなら、仕事場があればよく、生活の拠点などいらないのではないだろうか。仕事は仕事、寝泊まりは寝泊まりで、別に考えるのが普通で、生活道具が揃っている出張先なんておかしい。
ならば、僕は想定外の寝泊まり禁止令を歓迎すべきなのだ。事務所へは泊まらず、どこかへ宿泊すればいいのだ。
宿泊先ならどうとでもなるだろう。民泊ブームで、一泊三千円台で泊まれるところが増えていると聞く。ゲストハウスやビジネスホテルだってある。
これまで仕事場にかかっていた経費が十四万円で神楽坂が四万円だから、月十万円も浮くのだ。仮に一泊平均が五千円かかるとしたって、十五日で七万五千円。うまく仕事を調整して、月に十日間の宿泊にすれば五万円となり、家賃と合わせて九万円。堂々の目標達成だ。
「たまに徹夜仕事があるけど起きてりゃいいんだよな。だったらここを使わせてもらうことにする」
「もちろんいいよ。あと、トロさんがいるときに婚活の人がくることがあると思うけど、守秘義務あるんだからね」(つづく)
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