読む前と、読み終えた後の印象が、これほど違う作品もめずらしい。単行本の帯や作品紹介の文言を見た時にはてっきり、主人公の男がいわゆる〈赤ちゃんプレイ〉にはまってゆく話なのかと思った。
そうではなかった。そんなに単純ではなかった。
主人公は、五十歳の音楽プロデューサー・塩原達也。離婚歴一回、息子が一人、元妻との間には心地良い温度の友情があり、たまに連絡を取り合っては互いの恋愛模様についても赤裸々に打ち明け合っている。内緒の愛人との情事に不満はなく、相手の家庭を壊すつもりも毛頭ない。仕事は外から見るほど派手ではないが、画家の父親から受け継いだ一軒家があるので住むには困らない。大成功とは言えないまでもそれなりに充実した人生を送っている。
しかし半面、身の裡に鬱屈したものを抱えて久しい。周囲からは活動的で屈託のない人間と思われがちだし、〈外部とは優しく接触し、優しく拒むことを繰り返〉すことでむしろ自分からそう思われるようにふるまってきたわけだが、仕事をしていても、愛人と白昼に放埒の限りを尽くしていても、心の中心には何か退廃的で憂鬱な気分が巣くったまま消えてくれない。〈早く人生から降りてしまいたいという気持ちが強い。死について真面目に考えてはいないけれど、生について思いを馳せると、自分の生には大きな空洞があるように思えてならない〉のである。
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