世の男性諸氏がしばしばそうであるように、彼もまたしきりに理屈をこねる。「男と女は、答えのでない問題を解こうと足掻きだした時からおかしくなるもの」であるとわかっているくせに、「恋に恋しないと恋はしない」とか、「シャンパンが勢い良く抜かれた瞬間にだって、愛はあるというのが私の考え方」などと穿ったことを言いながら、どうにかして奈緒という女を分析し、自分の感情に名前を付けようともがく。が、うまくいかない。「経験したことのないコード進行」を見せる奈緒に惹きつけられ、色気を感じるわけでもないのにどうしてか頭から離れず、はては愛人と抱き合う最中にまで脳裏に浮かぶ始末だ。
とうとう痺れを切らした彼は、自分に馴染みのあるコード進行に即して、関係を一気に押し進めようとするのだが……。
この塩原に限らず、藤田宜永作品には、母親との関係に不全感を抱えた男性主人公が多く登場する。
藤田氏自身もまた、実の母親とまったくうまくいかなかった過去について、エッセイやインタビューの中でくり返し語ってきた。何ごとにも完璧を求めた母親が一人息子に与えたのは、愛ではなく罰ばかりだった。ただただそこから逃れたい一心で、氏は生まれ故郷の福井を飛び出し、東京の高校に進んだのだ。
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