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<大前粟生インタビュー>現実世界で覚える息苦しさを、フィクションの中で共有したかった

<大前粟生インタビュー>現実世界で覚える息苦しさを、フィクションの中で共有したかった

別冊文藝春秋

『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(大前 粟生/河出書房新社)

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(大前 粟生/河出書房新社)

 実はこれは、大前さん自身も体験し、衝撃を覚えた出来事だったという。きっかけは二十三歳のとき、松田青子氏の小説「女が死ぬ」(『ワイルドフラワーの見えない一年』所収)を読んだことだった。

「フィクションの中で、物語の展開のために殺されたり妊娠したり、いわば男のために女性が都合よく利用されてきた例がどれだけあるのかを描いた作品で、読んでショックを受けました。これまで無自覚に生きてきてしまったけれど、自分はこの作品に出てくる『彼』なんだ、加害者側にいるんだということに初めて気が付いて。それまでも、男性社会が息苦しく感じることはしばしばあったんです。内輪以外の存在を笑う文化だったり同調圧力への違和感だったり。編集者に『女性差別に傷つく男の子の話を』と言われたとき、こういう自分自身のことを素材として見つめていけば、確かに書けるものがあるかもしれないと思いました」

 七森たちは、自分たちを抑圧する相手に対して怒ることができない。代わりに繰り返し吐露するのは、他人が、そして自分自身のことが「怖い」という感情だ。

「彼らは、これから起こるであろうことを先取りして感じて怖くなってしまうので、怒ることができない。いわゆる男性社会や家父長制に縛られ、社会から抑えつけられている状態で、自由になろうともがいている段階なんです」

 表題作含め計四作からなる本作品集には、ぬいぐるみのほかにも、水、テープなど人間以外のものと会話をする人たちが数多く登場する。

「ひととコミュニケーションをとることは、楽しいだけではなくしんどいこと。それに対処する手段のひとつとして、本来しゃべれないものと会話してもらっています。ぬいぐるみはひとの愛着や思い出が染みついている、登場人物たちをケアしてくれる存在。自分自身を傷つけないものの象徴でもあります」

 社会の様々な問題に目を向けると、気が滅入ることもある。だからこそ、そこで感じるつらさをひとりで抱え込まなくていいように、小説を紡いでいきたいと語る。

「書くときは、疲れているひとでも読むことができるものをと意識しています。今の世の中は、ひととひととの差異やコミュニケーションの不和が顕在化してきている。社会にひそむ違和感に敏感なひとと、感じないひととのすれ違いが加速しているような気がします。現実世界で覚える息苦しさをフィクションのなかで共有してもらうことで、少しでも気が楽になってもらえるような作品を作りたいです」


おおまえ・あお 一九九二年、兵庫県生まれ。京都府京都市在住。二〇一六年、「彼女をバスタブにいれて燃やす」が「GRANTA JAPAN with 早稲田文学」の公募プロジェクトにて最優秀賞に選出され小説家デビュー。同年、「文鳥」でat home AWARDの大賞を受賞。一七年には、第二回ブックショートアワードで大賞に輝いた「ユキの異常な体質/または僕はどれほどお金がほしいか」が、塩出太志監督により短編映画化された。他の著書として『のけものどもの』『回転草』『私と鰐と妹の部屋』がある。

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