日本ファンタジーノベル大賞2019を受賞しデビューした高丘哲次さん。受賞作の『約束の果て 黒と紫の国』は壮大なスケールの中華風ファンタジーだが、この物語はどのようにして着想されたのか。
「実は最初は、忍者を主人公にした小説で応募しようと思っていたのですが、これではどうも決め手に欠ける気がする。理由を考えるうちに、一回、原点に立ち返ったほうがいいのではないかと思うようになって。僕にとって日本ファンタジーノベル大賞を象徴するのが、第一回の受賞作である酒見賢一さんの『後宮小説』で、大好きな小説なんです。こうなったら、あの作品に対抗しよう、同じ土俵に上がろうと奮起して、中華風ファンタジーを題材にすることを決めました。いま考えるとなんともおこがましい話ですが」
物語は伍州と呼ばれる大国で、矢を象った青銅の装身具が発見されるところから始まる。装身具には「壙国の螞九が亜南国の瑤花にこの矢を捧げたいので受け取ってほしい」という内容のことが書かれていた。ところが、この二つの国が古代の伍州にあったという記録は、どこにも見当たらない。調査に乗り出した考古学者の梁斉河は、図書館の文献を読み漁った末にようやく二つの国の名前が記された書物『南朱列国演義』と『歴世神王拾記』を発見する。しかし、この二冊はそれぞれ小説と偽史であり、いわば現実とは関係のないフィクションなのである。フィクションの中にしかその名が確認できない国の存在をどう考えたらいいのか。同時に、目の前に確かに存在するこの装身具は一体何なのか。二つの物語を軸に現実と虚構が入り乱れていくのだが、そこには作者のこんな狙いがあった。
「大げさな言い方をすると、もっともらしい顔をしている“歴史”に対するカウンターを書きたいと思っていました。小説や偽史って簡単に言うと噓の話ですよね。そういう、世の中で一番役に立たないものからリアルな手触りを立ち上がらせたいなと」