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対談 円城塔×小川哲 いまディザスター小説を読む<特集 “危機”下の対話>

対談 円城塔×小川哲 いまディザスター小説を読む<特集 “危機”下の対話>

円城 塔 ,小川 哲

文學界8月号

出典 : #文學界

「文學界 8月号」(文藝春秋 編)

 円城 第二次大戦が終わった頃に抗生物質というものができて、「やった、これで助かる!」とみんな思ったわけですよね。結核とかも、だいぶ倒せるようになった。でも、あの辺から抗生物質の開発と細菌とのいたちごっこが始まっている。いずれ、抗生物質の開発が間に合わなくなるのでは? ということもずっと言われていますし。インフルエンザワクチンとかも。細菌とかウイルスの進化の速度に、人間は勝てないという話はずっとあります。でも考えてみると、人間がウイルスと戦い始めたのは、そう昔のことではないんですよね。前出の『復活の日』は一九六四年に書かれた作品で、架空の病原体を描いたマイクル・クライトンの『アンドロメダ病原体』(ハヤカワ文庫)が一九六九年。小説でウイルスと戦い始めるのって、この辺からなんですよ。カミュの『ペスト』が一九四七年、『渚にて』は一九五七年、コレラが描かれるトーマス・マンの『ヴェニスに死す』(岩波文庫、他)はもっと古い一九一二年。この辺の作品では別に戦ったりしません。『ヴェニスに死す』なんて、きれいな男の子を眺めながら退廃的な気分に浸っているだけだし。さらに遡ると、エドガー・アラン・ポーの「赤死病の仮面」(創元推理文庫『ポオ小説全集3』収録)、ダニエル・デフォーの『ペスト』(中公文庫)なんて小説もありますが、登場人物たちはやはり疫病を前にあたふたしているだけ。

 小川 ぜんぜん戦わない。

 円城 ウイルスとか菌の存在が分かったのが最近のことだからですよね。二〇世紀への変わり目あたりでいろいろ分かってきたわけですが、そこから六〇年くらいは経たないと、未知なるウイルスと戦う小説は書けないんだなぁと。

 小川 現実に戦い方が確立されてきて、ようやく、みたいなところはありますよね。

文學界 8月号

2020年8月号 / 7月7日発売
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