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新たなミステリーの世界を創造し続ける、定石破りの天才!! 傑作ミステリー。

新たなミステリーの世界を創造し続ける、定石破りの天才!! 傑作ミステリー。

文:細谷 正充 (文芸評論家)

『ドローン探偵と世界の終わりの館』(早坂 吝)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『ドローン探偵と世界の終わりの館』(早坂 吝)

 一方、東京都立北神大学の探検部は、北欧神話の終末論に取り憑かれた御出院という男が建てた、ヴァルハラという館に行こうとしていた。今では住む者もいないヴァルハラを、探検しようというのだ。内閣官房長官を父に持ち、女王のごとく振舞う国府玲亜と、彼女に従者のごとく仕える海部零。ヴァルハラのある三豆ヶ村出身の荒井透と兵務足彦。何を考えているか分からない降続林檎と、新入部員の小樽猪知郎。表面には表れていないが、探検部のメンバーの間には、さまざまな思惑と愛憎が渦巻いていた。

 北大生ではないが、ドローンが縁で探検部の一員になっている飛鷹も、探検に車椅子で参加。といっても自身は車に残り、ドローンを飛ばしてヴァルハラに入る一行についていく。だが早々にメンバーのひとりが殺された。さらに突然の嵐により、探検部は館に閉じ込められる。ひとり外にいる飛鷹は、なんとかしようと奮闘するのだが……。

 本作は、いわゆる新本格以降に増大した、特殊な館を舞台にした“吹雪の山荘テーマ”のミステリーである。ユニークなのは、そこに名探偵が、限定的な状況で参加していることだろう。ヴァルハラに二台のドローンを飛ばした飛鷹だが、最初の殺人が起こると同時に、一台がリタイヤ。もう一台だけで、メンバーと繫がることになる。といっても、ドローンのカメラが捉えた映像を受け取るだけで、音声は無しだ。探検部のメンバーとのやり取りも、簡単なものしかできない。おお、なんとねじくれた安楽椅子探偵の設定なんだと感心。きっとドローンを利用した、視覚や聴覚トリックが仕込まれていると想像したが、作者のアイデアは、そんなチャチなものじゃない。ある事実が明らかになったとき、それまで見えていた風景が、まったく違っていたことに気づいて、愕然としてしまった。『〇〇〇〇〇〇〇〇殺人事件』の風景の激変にも驚いたが、こちらはそれ以上かもしれない。まったく、とんでもないことを考えるものである。

 しかもドローンが、巧みに使用されているのだ。たしかに伏線は、あちこちに張られている。読んでいて、幾つか引っかかる部分があった。だが、私たちがドローンに抱いているイメージそのものが、ミスディレクションになって、真相から目を逸らされていたのだ。そう、「読者への挑戦状」で当ててほしいといわれたトリックとは、作者から読者に対して仕掛けられたトリックだったのである。繰り返しになってしまうが、本当にとんでもないことを考えるものだ。

 さらに他のミステリー部分も、練りに練られている。北欧神話をモチーフにした館の利用法。犯人が嵐の止むことを望むという、逆転のロジック。連続殺人の意外な動機。新たな光景の中で、すべての謎が飛鷹によって解かれていく。御出院に関する、最後の一撃も強烈。あまりの衝撃に、頭がクラクラした。これこそミステリーの快感だ。

 また、飛鷹六騎の成長物語という側面も見逃せない。『黒羽刑事』の影響で、結果的に探偵になった飛鷹。しかしストーリーが進むと、より深い理由があったことが判明する。だが『黒羽刑事』という神話に捉われていた彼は、仲間の危機によって《黒羽を継ぐ者》から、ドローン探偵へと変生するのだ。これは探検部のメンバーにもいえる。なにかに捉われていたメンバーも、事件を通じて、過去から解放されるのだ。こうした若者の成長が、本書の物語としての潤いになっている。ミステリーに特化しながら、それだけで終わらないのは、作者の美質であろう。

文春文庫
ドローン探偵と世界の終わりの館
早坂吝

定価:803円(税込)発売日:2020年07月08日

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