文楽は大阪の芸能だ。訛り、節に独特の響きがある。呂太夫は今回の取材を進めているZoom上で、名作『菅原伝授手習鑑』の「寺入りの段」を語り始めた。
「一字千金二千金、三千世界の宝ぞと……。この二千金ね、独特の節があるんです。『仮名手本忠臣蔵』でいえば「裏門の段」、“塩冶判官”の塩冶という苗字にも決まった言い回しがある。それは先輩方からの口伝で伝えられてきたものですが、アバウトになってきて、こぼれ落ちてきてるものもあります。ところが、Zoomを通して稽古をすると、逐一、一節、一節ずつ稽古が出来る。これはいままで出来なかったことなんです。つまりね、コロナウイルス禍によって舞台がなくなってはしまいましたが、この時間を使って、江戸、明治、大正、昭和、平成と受け継がれてきた文楽の財産を後世に細かく伝えることが出来ると確信しました」
これまでの一時間ほどの稽古では、弟子に対しての指摘は十か所ほどが普通で、せいぜい二十か所できれば十分だった。ところがいまは、「何百と口伝を伝えることが可能になっています」と話す。加えて、呂太夫はこの稽古を映像財産として伝えていくことも出来るのではないか、という。
「Zoomというのは録画ができるんですな。この緻密な稽古がそのまま映像として残れば、何十年、何百年先にも私の口伝を後輩たちが学ぶことが出来ます。これはすごいことですよ」
オンライン稽古の確立は、文楽の世界にとっては、「令和の事件」だと呂太夫はいう。
「舞台がのうなって、収入は減りましたが(笑)、ゆっくり眠れるし、弟子たちに緻密に稽古もつけられます。二〇二〇年は文楽にとって“原点回帰”のためのいい機会になったと思います」
最新の映像技術が、呂太夫をここまで元気にしているとは想像もつかなかった。文楽の再開は秋からの見込み。「Zoom稽古」の影響は呂太夫の節にも表れるかもしれない。
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