ちょうどその頃、出産を経験し、人ってこういうふうに生まれてくるんだとしみじみ思ったと同時に、自分の人生の先が見えてしまったのです。いつか死んで、この身体はなくなってしまう。やってやろうじゃないかと。
加減が分からず、産後のボロボロの身体で、一日の睡眠時間を3、4時間までに削って、時代小説を書くための歴史の勉強から始めました。そんな生活を半年続けていたところ、いまだに原因は分からないのですが、ぶつけてもいないのに、膝から下がまだらの痣だらけになり、足が動かなくなりました。家の中を這って動くしかない状態で、子どもが背中にドーンと乗っかって、キャッキャと喜んでいる――さすがにこのやり方は良くないと猛省。
おそらく過労だろうとのことで、入院を命じられました。一日二十四時間ある中で、育児も家事も、やりがいのある仕事もある。それぞれベストパフォーマンスを出せる生活スタイルを編み出しました。
やがて応募も始め、一次、二次と選考をパスできるようになり、これならばと思える自信作の短編を、平成三十年の第九十八回オール讀物新人賞に応募しました。最終候補に残り、受賞作と接戦になったものの、受賞は叶いませんでした。
最終選考に残って落選して、自分ではさほど落ち込んでいないように思っていたのですが、実は深刻な精神的ダメージを受けていたようです。自分の文章の呼吸を見失ってしまいました。常時溺れているような感じで、いくら書いても何かが違う。別の病気もして、治療費が嵩んで受講料の支払いも厳しくなり、教室も一時的に退会しました。
そんな状況にあるくせに、どうせ目指すなら、一番難しそうな賞に挑戦しようと、プロも応募する松本清張賞に狙いを定めました。長編は初めて書くようなもので、枚数感覚も分からず、何度も書き直しをしました。ただ、楽しませることに死力を尽くすという志操だけはしっかりと持ちました。
題名は「震雷の人」。周囲を震わせる雷のように、世を動かさんとする激しい意志を持つ人をテーマに据えた作品です。
幸運なことに、松本清張賞の最終候補に残ることができ、住んでいる水戸で結果を待ちました。選考会中、水戸は注意報がでるほど、雷が凄かった。雷鳴に、庭の木々がざわめいて、どこか不安な、でも何かわくわくするような高揚を感じました。
雷が止んで空が晴れてきた頃、応募作「震雷の人」が受賞との連絡が入りました。その瞬間、少し足が震えました。
無我夢中で作品と向き合ううち、いつしか、自分に受賞できるわけがないという常識を、忘れていたようです。そのおかげで、わたしにも、少しは雷の技が出せたのかもしれないと思っています。
ちば・ともこ
1979年茨城県生まれ。筑波大学日本語・日本文化類卒業。現在、水戸市在住。2020年『震雷の人』で第27回松本清張賞を受賞しデビュー。
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