わたしは、大学時代に、演劇サークルで台本と演出を担当しており、卒業後は演劇に携われたらと思っていました。ですが、世は就職氷河期で、憧れていた劇団も研修生の募集を中止。そこで、小説ならば、役者も照明も音響も一人でできるのではないかと思い、約十八年前に、山村正夫(やまむらまさお)記念小説講座、通称・山村教室の門を叩いたのです。
教室では、わたしの身近なところですと、坂井希久子さん、七尾与史さん、成田名璃子さん、西尾潤さんといった仲間が、華々しくデビューして活躍しています。デビューこそしていなくても、受講生には文学賞の最終候補の常連も多く、猛者揃いです。
ところで、人気漫画『鬼滅(きめつ)の刃(やいば)』に、善逸(ぜんいつ)というキャラクターが登場します。眠って意識が落ちると、凄まじい雷の技を繰り出す子ですが、ふだんはとても臆病です。善逸の先生は、その雷の技の使い手で、厳しくもすごい人です。
山村教室の主任講師であるY先生も、元編集者で、一流の作家さん方を担当してきたすごい人なのですが、わたしは善逸よりもずっとずっと臆病で、落ちこぼれでした。教室に入って最初の十年くらいは、少ししか書かず、応募も全くしていません。
教室の猛者の中で、自分には受賞なんて無理だと思い、最初から勝負を諦めていました。あんなふうに書けたらよいのに、と思いつつ、できないであろう自分が見えていたのです。
でも、先生は、一生懸命教えてくれました。別にそれで儲かるわけでもないのに、恐ろしいほどの手間と労力をかけてくれました。ひねくれているので、最終選考に残るような見込みのある人だけ指導していたほうが、ずっと効率がいいのに、なんて思ったこともあります。ですが、講評スタイルの講義は、どの受講生に対しても真剣勝負。ときに厳しく、いわゆる「フルボッコ」にされることも。
一度、最後に余計な一文を入れてしまったことがあり、「たった一文で、積み上げてきた全部を台無しにする気か!」と激しく怒られたこともありました。
『鬼滅の刃』でも、善逸が回顧していますね。
《でもじいちゃんは何度だって根気強く俺を叱ってくれた》
《明らかにちょっとアレ殴りすぎだったけど》
どうして見込みがないのに、こんなに真剣に教えてくれるのか、先生に訊いたことがあります。はにかむだけで、答えてくれませんでした。
それからしばらくして、先生から唐突に「千葉さん、飛行機がなんで飛べるのか分かりますか」と訊かれました。
「飛べると思った飛行機だけが飛べるんです。常識で考えたら、あんな鉄の重い塊が浮くわけがない。そこで、自分は飛べると思ったやつだけが飛べるんです」
そう言われて、これまでほんとうに本気を出してやってきたかな、と己の身を顧みました。
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