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才能はなくとも己の道を進むのみ――物を生み出す全ての人共感必至の小説

才能はなくとも己の道を進むのみ――物を生み出す全ての人共感必至の小説

文:岡崎 琢磨 (作家)

『おもちゃ絵芳藤』(谷津 矢車)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『おもちゃ絵芳藤』(谷津 矢車)

 クリエイターというのは因果な商売である。

 みずからの才能を信じ、惜しみなく心血を注げる人間でなければとうてい務まらない職業だ。しかし一方で、そこには絶えず世間の評価や売り上げといった数字がつきまとい、ときに才気あふれる同業者に出会い、劣等感に打ちひしがれながら、それでも己の成功を夢見てもがき続けなくてはならない。

 そして谷津もまた、同世代の作家と交流した先に、本作の筆を執った。これほどまでに赤裸々に語られる芳藤の心境を読むにつけ、私には谷津が主人公に自分を重ね合わせたとしか思えない──そう感じさせるところに、谷津の筆力が表れている。

 門外漢の私が語るのはおこがましいが、そもそも歴史小説は史実を正確に伝えるための専門書とは違う。あくまでも小説であり、そこに読みものとしての醍醐味が備わって初めて成立するジャンルだろう。

 そして谷津は単に面白おかしく小説に仕立て上げるだけでは満足せず、確信的に現代を生きる私たちにも響くテーマを、歴史上の人物や出来事に仮託して投げかけている。本作で描かれる、文明開化によって浮世絵が過去の遺物になりゆくことに対する絵師たちの恐怖はそのまま、出版不況がささやかれるようになって久しく、エンタメの選択肢が広がった現代において存在感を失いつつある文芸に携わる小説家の嘆きでもある。

 とはいえ私はむろん、芳藤が繰り返す《へっぽこ》という自虐が谷津にも当てはまると考えているわけではない。谷津の小説家としての適性は、たとえば年間千冊を数えるという常人離れした読書量にも裏打ちされている。読書量が少なくても小説を書ける作家はいるが、インプットが無駄になることはない。それほど本を愛せる作家が小説の神様に愛されないはずもなく、事実、谷津は作を追うごとに目に見えて成長を続けている(同業者が成長などと評するのは僭越だが、あえてこの表現を用いたい。谷津矢車ほど読むたびに飛躍を感じさせる作家を、私はほかに知らない)。

 しかし、それでも谷津は芳藤に、才能に恵まれない絵師の苦悩を語らせる。その心境が、私には痛いほどわかる──私もまた、同じ苦悩を抱える作家の一人なのだから。

 

 率直に言えば、私は作中で芳藤に対し、幾度となく苛立ちを覚えた。

 大絵師にはなれないといういじけた思いを抱えながらも、芳藤は筆を折ろうとはしない。矜持があると言ったりないと言ったり、弟弟子の苦しみを人気作家ならではだとひがんでみたり、それでいて現在の地位を一変させる望みのある大勝負に打って出ることには終始及び腰だ。

文春文庫
おもちゃ絵芳藤
谷津矢車

定価:858円(税込)発売日:2020年10月07日

単行本
奇説無惨絵条々
谷津矢車

定価:1,760円(税込)発売日:2019年02月27日

単行本
絵ことば又兵衛
谷津矢車

定価:1,925円(税込)発売日:2020年09月30日

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