- 2020.10.14
- 書評
恐怖小説から抱腹絶倒のホラ話まで――物語の珠玉の詰まった福袋
文:風間 賢二
『マイル81 わるい夢たちのバザールI』『夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールII』(スティーヴン・キング)
お待たせしました。スティーヴン・キングの第六短編集 The Bazaar of Bad Dreams(2015)を『マイル81 わるい夢たちのバザールI』と『夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールII』の二分冊としてお届けします。
いまやキングは、〈恐怖の帝王〉や〈モダンホラーのブランドネーム〉といったかぎられた呼称から抜け出し、現代アメリカの稀代の語り部として広く知られています。
実際、「黒いスーツの男」(短編集『第四解剖室』所収)が毎年優れた短編に贈られる名だたるO・ヘンリー賞を受賞した一九九六年以降、普通小説の分野(そしてアカデミズムの世界)でもキングに対する目線が変化しはじめたのですが、決定打は二〇〇三年の出来事―キングはアメリカ文学界の栄誉ある全米図書賞の特別功労賞を授与されたのです。
本書には、もはや単なるベストセラー作家、あるいはホラーという狭いジャンルに縛られたジャンク作家といった殻を破り、現代アメリカ文学界のキーパーソンのひとりとなったキングの物語創造主としての才能が結実しています。
前回の第五短編集 Just After Sunset(邦訳は『夕暮れをすぎて』と『夜がはじまるとき』の二分冊)が刊行されたのは二〇〇八年。例によって七年ぶり(そのことに関しては『幸運の25セント硬貨』の解説がわりの拙文で触れています)の最新短編集です。
Just After Sunset には主としてゼロ年代の短編が集められていましたが、本書には二〇〇九年から二〇一五年までのバラエティー溢れる作品が収録されています。まさに本短編集は、人食い車や輪廻転生の話から野球小説や破滅後の世界まで、物語の色とりどりの珠玉が詰まった福袋です。
これまでのキングの短編集と異なる点は、収録作のかなりの数がスーパーナチュラルな脅威を扱ったホラーではなく、平凡な日常を題材にした普通小説であることです。実際、それらリアリズム小説は文芸誌や高級総合誌からの依頼に応えて創作された作品です。
ノンホラーの普通小説⁈ と言っても、そこはキングのこと、不条理な悲劇に見舞われて悪戦苦闘する普通の人々の体験を描き、死と苦痛、絶望と後悔、そして脅威に満ちたダークな日常が語られています。
「悲劇の最終目的は、恐れと憐れみを引き起こし、それらを観る者たちにカタルシスをもたらすこと」とアリストテレスは『詩学』で述べていますが、まさにキングの普通小説は、精神に浄化をもたらす今日(こんにち)の悲劇なのです。
各収録作については、キング自身が著者の言葉として述べています。本書の読みどころのひとつにもなっている、ファン・サービス旺盛な“序文”のほうは、自伝的創作指南書『書くことについて』(二〇〇〇)の補遺としても堪能できます。
したがって、個々の作品の解説めいたことを記すのは野暮になるので、ここではデータ的なこと、および読書意欲をそそるようなコメントのみを付しておきます。
ちなみに、従来のキング節が味わえるスーパーナチュラル・ホラーはA類、普通小説はB類として表記しています。
-
『呪われた町』こそ、御大キングの真正(神聖)処女長編だ!
2020.06.15書評 -
巨匠が描く身近な恐怖とリアリティ
2018.11.30書評 -
キングを読むならまずはコレ!
2018.05.29書評 -
〈恐怖の帝王〉スティーヴン・キング、その続編にして集大成にして新境地!
2018.01.17書評 -
【新刊案内】文春ミステリーチャンネル(6月分)発進!
2020.06.24文春ミステリーチャンネル