- 2020.06.15
- 書評
『呪われた町』こそ、御大キングの真正(神聖)処女長編だ!
文:風間 賢二 (文芸評論家)
『呪われた町 上 下』(スティーヴン・キング)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
キングの作家活動初期(七〇年代)傑作3S作品をご存知だろうか。『ザ・スタンド』(The Stand ’78)と『シャイニング』(The Shining ’77)、そして本書『呪われた町』(’Salem’s Lot, ’75)の三冊である。
キングは、『キャリー』(七四年)で長編デビューし、本作は第二作にあたる。
作家のエッセンスは処女作にすべてそろっているとよくいわれるが、キングの場合は少々事情が異なる。そもそも『キャリー』は長編処女作ではない。この作品が刊行されるまでに、キングは五作の長編を書き上げている。すなわち、『死のロングウォーク』、『ハイスクール・パニック』、『バトルランナー』、『余波』、『闇の中の剣』だ。最初の三点はのちにリチャード・バックマン名義で刊行されることになったが、残りの二点はいまだにお蔵入り状態(キングによれば、さすがに発表できる出来ではないとのこと)。
キングは、デビュー作でいきなり売れたシンデレラボーイではない。出世作『キャリー』も、時代精神の要請、オカルト・ブーム、幸運、映画化、そして作家としての優れた資質などが複合した結果と言える。果たして、『キャリー』は〈恐怖の帝王〉や〈アメリカ人がもっとも愛するブギーマン〉としての超ベストセラー作家キングのまさにキングらしい作品と言えるだろうか? これぞキングと胸を張って推奨できる作品をひとつあげてと言われて、『キャリー』に貴重な一票を投じるキング・ファンは、おそらくいないと思われる。
それにしても、まさにクォンタム・ジャンプではなかろうか。『キャリー』から次作『呪われた町』への質量の変化は。同じ作家が短期間に執筆したとは思えない。そもそも『呪われた町』ほどの作品をものすることができる作家としての機がすでに熟していて、それが創作環境の変化によって開花したのだろうか。
キングは、『キャリー』創作の時期、昼は高校教師を務め、放課後はクリーニング工場でアルバイトをし、帰宅後は幼い娘と妻の相手をして、家族が寝てからようやく執筆するという創作スケジュールだった。しかも、『キャリー』は当初、短編の構想だったので、それを長編にするためにいろいろと工夫して付け足したという経緯がある。それに比し、『呪われた町』は、『キャリー』の出版契約によってまとまったお金が入り、それまでの手狭なトレイラーハウス暮らしから、まっとうなアパートの一室で専業作家として思う存分に才能を発揮して創作できるようになったからだろうか。
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