- 2020.10.14
- 書評
恐怖小説から抱腹絶倒のホラ話まで――物語の珠玉の詰まった福袋
文:風間 賢二
『マイル81 わるい夢たちのバザールI』『夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールII』(スティーヴン・キング)
「苦悶の小さき緑色の神」The Little Green God of Agony (初出 アンソロジー A Book of Horrors 二〇一一年 A類)
初期短編集『深夜勤務』(一九七八)や『骸骨乗組員』(一九八五)に収録されていても違和感のない、伝統的なB級ホラー映画風味の作品。科学的精神にもとづく医学の信奉者の看護師、金と権力ですべてを解決できると思っている大富豪、そして神の力を信仰する牧師といった三者三様の立場が面白い。同時に、一九九九年に瀕死の重傷を負い、その後遺症に苦しんだキングの痛みに対する怨念の深さがよくわかります。
「異世界バス」That Bus is Another World (初出〈エスクァイア〉誌 二〇一四年八月号 B類)
A類のスーパーナチュラルな怪奇幻想に仕分けしてもよいのだが、基本的にはリアリズム短編。物語のラスト近くで、主人公が映画『裏窓』を想起させる犯罪事件の目撃者となるが、そのシーンの描写がいかにもキング的。法と秩序を律する社会人としての務めを果たすか、それとも自身の幸福と安寧を至上の規範として行動するか、本編は“モラリティー”の問題としても読めます。
「死亡記事」Obits (初出 本短編集 二〇一五年 A類)
ストレートな怪奇譚です。伝説のTV番組シリーズ〈ミステリーゾーン〉風味。今日(こんにち)の我が国の読者にわかりやすく言えば、キング版『DEATH NOTE(デスノート)』です。おそらく、そのマンガをキングが読んでいたとは(英語訳版でも)考えにくいですし(読んでいたなら、「著者の言葉」で正直に述べているはず)、ハリウッド映画版『デスノート』(二〇一七)の公開は本作よりあとです。そしてキングの優れた想像力の一端は、本編を『DEATH NOTE』的アイデアに終始させることなく、物語の後半で意想外のプラスアルファの戦慄を炸裂させる奇抜さにも表れています。
「酔いどれ花火」Drunken Fireworks (初出 オーディオブック 二〇一五年 B類)
貧しきヤンキー母息子と、富めるイタリア系実業家一家との熾烈な戦争。といっても、夏の休暇シーズンに毎年開催される打ち上げ花火合戦です。語り手の中年男の母親がいい味を出していて笑わせてくれます。本短編集唯一のユーモア小説です。もちろん、キングの想像力が織りなす作品なので、後半は花火合戦がとんでもない出来事に発展します。ちなみにジェームズ・フランコが本編を気に入って、自ら監督・主演で映画化を企画しているようです。
「夏の雷鳴」Summer Thunder (初出 アンソロジー Turn Down the Lights 二〇一三年 A類)
破滅後の世界を描いたハーラン・エリスンの不朽の名作短編「少年と犬」を彷彿とさせる佳作。犬好きなら号泣必定。またキングはバイク愛好家としても知られるが、本編は自身のハーレイダビッドソン・ソフテイルへの哀歌でもある。甘く切なく、詩的でメランコリック、そして悲痛な一編。
以上二十編。短編集なので、どの作品から読もうと勝手気まま。気になるタイトルで選択するのもよし。キングの「著者の言葉」に誘われるのもありです。あとがきを記した当方としては、拙いコメント(それとA類とB類)を参考にしてページを開いてくだされば幸いです。
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(「訳者あとがき」より)
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