時は2年前(くらいだったかな?)の春、新刊の内容に行き詰った私は、文春の執筆室にて缶詰になっておりました。この頃、私は缶詰中に現実逃避する手段を血眼になって模索しており、(普段はネイルアートなどほとんどしないくせに)重ね塗り可能な無色透明のマニキュアを買い込み、執筆部屋にまで持ち込んでおりました。息詰まると「なんだか爪の色がくすんでいる気がする……」などと適当な言い訳をして、何度もマニキュアを塗ることで束の間の平穏を噛み締めていたのです。
私は書ける時と書けない時の差がめちゃくちゃ激しくて、突然スイッチが入ってガンガンに書き進めるというようなことが結構あります。この時もいきなり閃き、マニキュアを適当に放り出してキーボードを叩き始めました。
瞬きも惜しいくらいの勢いです。当然のように目が乾き、ディスプレイから目を離さないまま、ふらふらと手を机の上にさまよわせて、ビタミン剤の入った目に優しい目薬を手に取りました。そして何気なく、いつも通りに目薬をさし――目が燃え上がったかと思いました。いつもの優しいうるおいとは全く逆の感覚。とにかく、ひたすら熱いのです。「グワアアア!」と声を上げてのたうちまわり、自分がとんでもないヘマをしたことに気付きました。
もうお分かりでしょう。マニキュアです。
私は目薬と間違えて、マニキュアを目に垂らしてしまったのです。
急いで洗面所に駆け込み、冷や汗をかきながらガンガンに流水で目を洗いました。顔ごと洗面台に突っ込み、マックスにした水量でマニキュアも愚かな過ちも全部流れてくんないかな、と祈るような心持ちで洗いまくったのです。
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