- 2020.10.06
- インタビュー・対談
新作ミステリー『網内人』の香港人作家、陳浩基インタビュー「香港も、世界も、臨界点に達している」(前編)
文:野嶋 剛 (ジャーナリスト)
『網内人』(陳 浩基)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
中国語でネットのことを「網路」または「網絡」と呼ぶ。本書タイトルの「網内人」とは、そのネットの中で棲息する人々のことを指す。ネットは単なるコミュニケーションの道具ではない。一つの広大な世界であり、そこに生きる人々は、独自のルールとスキルでシノギを削っている。そんな筆者のネット世界観がタイトルには込められている。
そして、本書の主役は、そのネットのなかで縦横無尽、神出鬼没に活躍する私立探偵であり、復讐請負人という裏の顔も兼ねるアニエという人物だ。
前作『13・67』で日本における華文ミステリーの地平を開いた香港人作家・陳浩基。幾重もの謎を組み合わせた複合的な物語構造を持ち、現代的な課題も織り交ぜた傑作を再び作り上げた。舞台はもちろん、2019年から今年にかけて抗議デモや国家安全維持法に大きく揺れた香港だ。本書では、香港社会の抱える経済格差や不公平、学校でのいじめ、ネットでの目に見えない「暴力」などがふんだんに扱われ、『13・67』と同様の社会派ミステリーの味わいは相変わらずだ。
何者かの罠に落ち、唯一の肉親である妹を自殺で失ったアイ。その死に隠された真相を求めて、アイは探偵アニエのもとを訪ねる。ウイザード級のハッキング技術を駆使するアニエは、アイが思いもよらない「網内人」のやり方で、アイが知りたかった真相に一歩ずつ近づいていく。
IT音痴のアイと電脳探偵のアニエ。水と油のように違う二人が、次第にお互いの魂の奥に触れていくプロセスは、最先端のネット専門用語を大量に駆使する内容ながらも、強い人間くささを作品に漂わせるところが、陳浩基らしい。
以下は、香港に関して『香港とは何か』(ちくま新書)の著書を8月に刊行し、『13・67』の発表時にもインタビューを行っていた筆者が、本書の刊行にあわせて、香港にいる陳浩基と書面インタビューを行い、経済格差、ネット文化、香港の政治状況など作品の背景となる問題について語ってもらった。
野嶋 歴史を中心とする事件ミステリーの『13・67』に続いて、かなり異なる風格を持つ『網内人』を執筆するにあたって考えたことを教えてください。
陳 『13・67』から『網内人』までの間に、実は青春ホラー『山羊獰笑的刹那(山羊が笑うその刹那)』という作品を完成させていました。こちらを書き終えてから『網内人』に着手したのですが『13・67』の反響がとてもよく、読者は再び香港社会と関係がある作品を期待してくれたので、次に『山羊獰笑的剎那』を出してしまうと期待を裏切りかねないという心配もあり、『山羊獰笑的刹那』の出版は後にして、『網内人』を先に出版しました。
最初の構想では、テーマや謎は完成したものとほとんど変わらないのですが、ネットや経済格差などの社会的なファクターをそれほど入れるつもりはなかったのです。しかし、執筆の過程のなかで、香港の社会問題や人物の背景に対する描写をさらに深めないと、この作品のテーマに迫れないと考えるようになり、最終的には現在のような内容になりました。
つまり書きながら、どのように『13・67』など過去の作品との違いを際立たせるか考えていたのです。本を読むことで読者は学ぶことができるわけですが、作家も書くことで学ぶことができるいい例だと思います。
-
『リーダーの言葉力』文藝春秋・編
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/12/17~2024/12/24 賞品 『リーダーの言葉力』文藝春秋・編 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。