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長雨、湿気、雑音、悪臭……不快感こその快感という櫛木世界に耽溺

長雨、湿気、雑音、悪臭……不快感こその快感という櫛木世界に耽溺

文:村上 貴史 (ミステリ書評家)

『鵜頭川村事件』(櫛木 理宇)

出典 : #文庫解説
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『鵜頭川村事件』(櫛木 理宇)

 かくして、この密閉された鵜頭川村のなかで、従来は村を牛耳っていた年長の男性たちと、その支配から逃れるべく行動を起こした若者や女性が火花を散らすことになるのである。いつ大爆発を起こすともしれぬ火花を……。

 この強烈なサスペンスの一部に、著者は岩森明を巧みに組み込んでいる。彼もやはりこの密閉環境の一部であり、事態が進展するにつれ、傍観者ではいられなくなるのだ。娘の愛子がこの対立構造に巻き込まれてしまうのである。結果として、彼もまた当事者として行動しなければならなくなるのだ。つまり『鵜頭川村事件』という小説の後半では、彼は状況の語り手であると同時に、まさに正真正銘の主人公として行動することになり、読者は加速度的に感情移入して“自分の物語”として本書を読み進むことになる。実に巧みに造られた小説なのである。

 小説の造りが巧みなだけではなく、不快感を読者に体験させる書き方もまた、巧みだ。例えば長雨。これを丁寧に書くことで、読み手の心には、それこそ皮膚感覚として湿気を伴った不快感が徐々に蓄積されていくことになる。さらに、いらつかせる音もある。目上の酔漢が岩森に言葉で絡むなか、テーブルをとんとんとんとんと指で叩く。とんとんとんとん。これが繰り返されるのだ。岩森のいらつく心を、説明されずとも読者は感じるだろう。聴覚と視覚で。しかも酔漢はニコチンと酒の匂いも振りまいており、嗅覚からも不快感は侵入してくる。なんたる責めだ。さらに、職場の同僚が岩森に重い荷物を村に持って行くよう強制したことも、それを断れなかったという負い目も手伝って岩森を苛つかせ、読者を苛つかせる。櫛木理宇は、読者の五感に、あるいは心に様々な手法で働きかけて、雨の降りしきる鵜頭川村や、そこに暮らす人々を体感させるのだ。物語の後半では斧が腕に食い込む場面や肩の肉を削ぐ描写もあり、痛みをそれこそ“痛感”させられる(ちなみに本書は「別冊文藝春秋」連載時は斧を意味する「AX」というタイトルであった)。この描写力と、前述の物語構造が、本書では両立しているのだから堪らない。読み手としては、不快感すらもはや快感なのである。

 さらにいえば、そうした村と人々の物語を邪魔しないかたちで、殺人事件を巡るストーリーも織り込まれている。誰が何故彼を殺したのか。その動機を含め、ミステリとして愉しめる仕掛けも施されているのだ。これまた見事なお手並みである。

鵜頭川村事件
櫛木理宇

定価:本体880円+税発売日:2020年11月10日

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