- 2020.11.10
- 書評
長雨、湿気、雑音、悪臭……不快感こその快感という櫛木世界に耽溺
文:村上 貴史 (ミステリ書評家)
『鵜頭川村事件』(櫛木 理宇)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
櫛木理宇は、『赤と白』の舞台に降る重い雪を指して、“イライラさせる用小道具”と述べている。本書における雨もそうであり、『避雷針の夏』(一四年)で描かれる不快指数が九十以上にも及ぶ蒸し暑さもそうだ。作家活動の初期段階から、櫛木理宇は“不快を体感させること”を得意としていたのである。著者はその後、その技術を読み手に生理的嫌悪感を催させる書きっぷりとして磨き上げてきた。『侵蝕 壊される家族の記録』(一四年の『寄居虫女』を一六年の文庫化の際に改題)では家族の間に侵入してくる嫌な人を描き、少女がリンチで殺される『少女葬』(一六年の『FEED』を一九年の文庫化に際して改題)では、シェアハウスに暮らす人々を通して嫌な心を描いた。『虜囚の犬』(二〇年)は、唾棄すべき誘拐監禁事件を描いたが、この作品に関しては、著者として読者層を意識して『ホーンテッド・キャンパス』で培った技法を利用し、陰惨さが読み手の心に与える影響を和らげたという。そうした匙加減もできる作家なのだ。本書でその才能を体感した方は、他のノンシリーズ作品に手を伸ばしてみると、嬉しいことに、かなりの確率でイライラや不快感/嫌悪感を愉しむことができるだろう。
こうした描写を得意とする櫛木理宇だが、もちろんそれだけを書きたいわけではない(愉しんで書いているのは事実らしいが)。彼女は犯罪に至る社会的心理に興味を持っており、書きたいのは“犯罪という形で結実したそれぞれの社会病理”なのだそうだ。そして、自分の小説のなかでその社会の病理が最も濃厚に出た一冊が、本書『鵜頭川村事件』なのだという。さらに、『鵜頭川村事件』には、幼いころに雑誌で見た連合赤軍リンチ事件の死体写真の記憶や、その後、連合赤軍メンバーが“総括”という名の大量殺人を経てあさま山荘事件へと到る様を描いた高木彬光の『神曲地獄篇』から受けた衝撃が影響しているとも語っている。そうした社会病理、あるいは連合赤軍事件を意識して本書を読むと、また一つ、味わいが深くなるだろう。お試しあれ。
最後に朗報を一つ。『鵜頭川村事件』はドラマ化が進んでいるのだという。この濃密な物語がいったいどんな映像になり、映像ならではの手法を如何に用いて不快感を募らせてくれるかと考えると、怖いもの見たさのワクワクが募る。ちなみに櫛木作品の映像化としては、過去には、『ホーンテッド・キャンパス』(一六年)があったが、『鵜頭川村事件』に加え、『死刑にいたる病』(一五年の『チェインドッグ』を一七年の文庫化に際して改題)の映画化も進行しているそうだ。二十四件の殺人の疑いで逮捕され、九件について立件された死刑囚が、そのうち一件だけについては冤罪を主張しているというミステリであり、小説としての魅力がどう映像化されるか、こちらも愉しみである。
今日の日本は、感染症によって従来の価値観や生活様式を否応なしに変えていかねばならない状況に置かれている。人も社会も、変化しなければならないのだ。そんな折だからこそ、二〇一八年の親本刊行時よりもさらに、鵜頭川村の物語は読み手の心に強く響くだろう。
令和二年、事件は読まれる。
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