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長雨、湿気、雑音、悪臭……不快感こその快感という櫛木世界に耽溺

長雨、湿気、雑音、悪臭……不快感こその快感という櫛木世界に耽溺

文:村上 貴史 (ミステリ書評家)

『鵜頭川村事件』(櫛木 理宇)

出典 : #文庫解説
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『鵜頭川村事件』(櫛木 理宇)

 そのうえで、だ。櫛木理宇は客観的な視座を失っていないし、また、読者にもそうした冷静さを要請している。各章の冒頭には、新聞記事やWikipediaなどからの引用というスタイルの文章が、一~二ページほど置かれている。ここで著者は、読者を現在に引き戻し、村での出来事を客観的に意識させるのである。これは同時に、従来型の価値観が破壊され、人が斧を振るい、死者すらも出ている騒動が、村の外からはどう見られているかを認識する行為でもある。新聞記事やWikipediaの文体で淡々と記された文章は、村の内外の温度差を強調し、村の人々の争いを愚かな内輪もめという“小さな出来事”にさえ見せてしまう。著者は、登場人物たちに対してなんと冷酷であることか。しかしながらこの冷酷さは、読み手にリアルを強く感じさせる効果も持っている。そうしたクールさに加えて、櫛木理宇の筆力である。客観的記述でたしかに我に返りはするのだが、そこから再び鵜頭川村の内部の記述に戻り、数ページも読み進めば、読み手はまたどっぷりと村のなかに入り込んで、対立の熱や雨や酔いの不快感に全身全霊で囚われることになるのである。

 冷静と熱狂をコントロールする櫛木理宇の手腕は、さながら卓越した刀鍛冶のよう。炎と水で刀を鍛え、その刀で読者の心を貫き通すのである。


■令和X年、事件は映像化される。


 櫛木理宇は、二〇一二年に『ホーンテッド・キャンパス』で第十九回日本ホラー小説大賞読者賞を受賞してデビューした。彼女は、その賞の結果が出る前にも小説を書き、別の賞に応募していた。その『赤と白』も第二十五回小説すばる新人賞を獲得。櫛木理宇は、二つの新人賞を獲得した作家として記憶されることになったのである。

 キャラクター重視の青春ホラー小説である『ホーンテッド・キャンパス』はその後シリーズ化され、本稿を執筆している二〇二〇年現在、第十七作まで続いている。百四十万部とも百六十万部ともいわれるほどの人気シリーズで、本書とはだいぶテイストの異なる作品だが、櫛木理宇の重要な柱の一つである。本書の読者にも読んでみて戴きたい。時折ぞくりとする恐怖を味わえたりもして、なかなかに満足度は高い。このシリーズは、作中の時間の流れからしてもまだまだ続きそうだが、著者本人としては、シリーズの締めくくり方は考えているそうだ。

鵜頭川村事件
櫛木理宇

定価:本体880円+税発売日:2020年11月10日

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