「オトメちゃん、あの時、Tバック穿いていたよね」とバンドのメンバーに茶化されていた。ミニスカートを低い位置で穿いていたために、ウエストから扇情的な下着が飛び出ていたというのだ。
けれども本人曰く、あれはウエストからはみ出たTバックに見えるが、実はただの飾りで、ミニスカート自体に縫い付けられたT字形のレースの紐が骨盤の出っ張りに引っ掛けられていただけなのだと。中は別に普通のパンツを穿いていたらしい。とにかくそんな格好の彼女が気に入ったのか、知り合いのバンドメンバーたちはこう言った。「俺たちバンドやってるんだよ。今度ライブあるから、来てねー」
オトメちゃんはこうして、私と出会うことになるライブの案内のフライヤーを受け取ったというわけだ。
私はオトメちゃんと音楽や美術やファッションの話をしていくうちに、お互いの趣味がいちいち合っていることに気がついた。そして当時私が住んでいた木場のアパートの部屋に彼女を招き入れて、そこでサブカルチャーを話題に昼夜会話するようになった。彼女は長野県の出身で、イラストレーターと漫画家を目指して上京してきた。当時は池袋駅から歩いて十五分くらいの、要町にあるカビ臭いアパートの六畳ほどの部屋に住んでおり、日中は水道橋にある美術の専門学校でデザインを学んでいた。当時私は二十三歳で、オトメちゃんは十九歳だった。
私と出会ったことで、彼女は下宿先にあまり帰らなくなった。木場の部屋に住みついたのだ。その後、私が大学を中退するに際し、一緒に茗荷谷にある別のアパートに引っ越して、同棲を二年続けた頃に結婚した。
妻は今、その手の界隈では名の知れたBL漫画家だ。BLとはボーイズラブの略、即ち男性同士の性愛を描いた物語のジャンルであり、彼女は「春霧(はるきり)オトメ」というペンネームで活動している。都内の中くらいの大きさの本屋にふらっと立ち寄れば、ほぼ必ず彼女の著作を見つけられるくらいには、その名前が知られている。
かたや私は、年に一作、文芸誌に四百字詰め原稿用紙で二百枚くらいの小説を発表して、百万円に満たない原稿料を頂戴するのがせいぜいの純文学の小説家だ。四年前にデビューした版元から、今のところ単行本を二冊出版してもらっているが、それぞれ初版として三千部を刷ってもらって以来、重版はかかっておらず、それ以外では電子書籍の印税が半年に一度数千円単位で振り込まれるくらいの稼ぎしかない。
この続きは、「文學界」12月号に全文掲載されています。
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