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タブーとされてきたもの――性欲――に託して彼女が求める真の欲求

タブーとされてきたもの――性欲――に託して彼女が求める真の欲求

文:辻村 深月 (作家)

『ミルク・アンド・ハニー』(村山 由佳)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『ミルク・アンド・ハニー』(村山 由佳)

 作中で繰り返し、奈津は自らを「性欲が強い」と語る。性に対しての好奇心が強く、快感に果てがあるのなら追求したいと願う気持ちが人一倍な奈津は、確かに性欲が強い。けれど、彼女が求めるものは、実は彼女自身にもわかっていないのではないか。「性欲」という女性にとっては特にタブーとされてきたものに託して彼女が求める真の欲求は、女性――もっと言うなら〈人〉という存在が内包し、私たち読者が人生のさまざまな場面で諦め、気づかぬふりをしてきた「満たされない」何かそのものなのではないか。

 だから、本作は圧倒的な「続きが気になる」エンターテインメント小説でありながら、常に、読者の心の内側を覗き込むような文学性をこれでもかと放つ。読者である私たちの心と欲望がどのページからも試され、そこにあるけれど顧みることをされなかった傷や喜びを、著者の筆が的確で爽快な表現を通じ、私たちに代わって肯定する。だから、私たちは奈津の求める「果て」を見たいと願い、夢中になるし、その向こうに、無自覚に自分の望む冒険の影をも追いかける。

 

 さて、実を言えば、私は最初、大ファンであるがゆえに、本書の解説をお受けするのを一度、躊躇った。なぜなら、私以外にも多くの作家がこの小説を愛し、私同様に夢中であったことを知っていたからだ。それでも、迷った末にお受けしたいと強く思ったのは、本書が単行本として刊行された際、帯に書かれていた一文を思い出したからだ。
 

「誰に何言われてもええわ、もう。二人で仲良う、汗かこか」
 

 本書で、奈津が最後に寄り添う従弟、武の言葉である。

 それまで週刊連載で毎週、互いを焼き尽くすような愛憎や、自由と孤独、生と死をめぐる多くの展開を読み進めてきた読者の一人として、この言葉が大きく帯に記されているのを見た瞬間、驚きとともに、ああ――と深く得心がいった。

 帯になりうる切っ先鋭い表現がいくらでもある本書の中で、著者が描きたかったこの話の核が、どこにあるのか。私たちが見たかった「果て」がどこなのか。この柔らかい言葉がすべてを物語っているのだと、奈津の至った場所へ思いを馳せ、ならば、この物語が持つ魅力がどこなのかを、自分の言葉で語らせてもらいたい、と心から思った。

〈乳と蜜の流れるところ〉は聖書に登場する、〈約束の地〉を意味する。自らの心と向き合い、多くのものを失い傷つきながらも、決してその場所を諦めなかった奈津の魂の冒険の記録。自由であることはさびしい。人が人として生きる限り、おそらくはさびしい。約束の地に辿りついても、それは変わらないかもしれない。けれど、最愛の父親をその相手と一緒に見送った後の場面で、本書は終わる。

 高遠奈津のファンの一人として、彼女が至ったその地を見届けられたことが、胸を詰まらせながらも、今、とても嬉しい。

文春文庫
ミルク・アンド・ハニー
村山由佳

定価:1,056円(税込)発売日:2020年12月08日

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