古典落語から浮かび上がる新たな物語
物語を浮かび上がらせる挑戦は、史実だけにとどまらない。先に刊行された『小説 真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)』(二見書房)では、古典落語の名作から新たな物語が生まれた。原作は、落語中興の祖である三遊亭圓朝による創作落語「真景累ヶ淵」。通しでかけられることは滅多にない大作で、奥山さんも「小説『圓朝』を書いて、全体の話を初めて知りました」という。
「今回、古典落語を小説として書くというシリーズのお話をいただいたときに、演目は好きに選んでいいとのことで、女性の生き様のバリエーションがあるこの演目をぜひ書きたいと思いました」
父と妹を惨殺されたのち、独り身で生きる音曲の師匠・豊志賀(とよしが)は、年の離れた新吉と男女の仲になる。あまりに入れ揚げたため、弟子が次々と離れる中、熱心に通い続けるお久にすらも、豊志賀は嫉妬する。そのせいか、顔に腫物ができ、次第に体調も悪化していき、ついには新吉に呪詛の言葉を遺し死んでしまう。「この後女房を持てば七人まではとり殺すからそう思え」と――。
「物堅く、男を寄せ付けてこなかった豊志賀が、なぜ一人の男にここまで惹かれるのかは、原作にははっきりとは描かれていません。そこで、彼女の師匠や、過去の男関係などを、新たに創作しました。また、監修の古今亭菊之丞さんから、速記本だけではわからない、口伝の部分も教えていただきました。演者がどうやっているかを改めて見直すことで、彼女の凄まじい死に様を書く助けになりました」
豊志賀の死に恐れをなした新吉は、お久を連れて江戸を逃れる。その先には、さらなる転落が待ち構える。
「芯をもった女性たちに比べると、男性の登場人物は、どこか流されて生きているのは、圓朝ならではかもしれません。芸は確かでありながら、私生活では情人や息子に振り回されることも多々あった、圓朝の影を感じますね」
複雑に因果が絡みあい、次々と連鎖していく悲劇。怒涛の展開を混乱させることなく見事に描き切った。
「落語の視点の切り替えは聴く側にもわかりやすいですが、小説だと同じようにはいきません。私自身、一人の人物に寄り添う書き方をしていることが多く、誰の目から見たらこの複雑な物語がわかりやすくなるかを決めるのが大変でした。元の話の面白い部分を最大限生かしたいと、最初の組み立てには時間がかかりました。その分、小説でしかできないことが書けたと思います。落語や歌舞伎など、伝統芸能には知らずにいるのはもったいない物語がたくさんあります。それを掘り起こしていくことはこれからもしていきたいですね」
おくやまきょうこ 一九六六年愛知県生まれ。二〇〇七年「平家蟹異聞」(『源平六花撰』所収)でオール讀物新人賞、一八年『葵の残葉』で新田次郎文学賞を受賞。著書に『圓朝』など。
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