コロナ渦のいまだから現代と通じる小説を
今年はコロナ禍に明け暮れた一年だったが、その中で忘れられないのが『大名倒産』と『漣(さざなみ)のゆくえ』である。
前者は、火の車となった御家を唯一救う手だては計画《倒産》という、笑いと涙の武家物語だが、この作品が刊行されて数ヶ月後、日本を襲ったのがコロナ禍だった。そして恐ろしいことに、中小、零細企業や個人商店が次々と倒産、閉店、更には自殺者の増加というように、せっかくの後味の良い一巻を台無しにする現実の恐ろしさがひしひしと迫って来る思いであった。また後者は、葬儀の段取りを生業としている〈とむらい屋颯太〉シリーズの第二弾、私たちは、TV等でコロナで逝った人が肉親との最後の別れも許されず、骨壺に入れられて帰路につくのを知っている。本書で扱われている不条理な死、突然、舞い込んで来た死、割り切れない死等々、さまざまな死の葬列は、物語の枠を超え、生きていて欲しかったという多くの人々の叫びを代弁しているかのようだった。
そんな中、この二作品をはじめ、文学は良く闘った。ベテラン勢の作品に目を向けると、伊東潤『囚われの山』は、ある歴史雑誌の編集者を主人公に、八甲田山遭難の謎を現代の立場から読み解こうとした力作。これまで盲点となっていた遭難死者数誤差一名の謎を追っていくと今まで明らかでなかった死の彷徨を別の視点から見ることが可能になってくる。作者が近年テーマとしている日本的組織の典型、軍部への切り込みも鋭どい。
『女だてら』は、実在の女性漢詩人である原采蘋(さいひん)を秋月黒田家の御家騒動の中で活躍させるという爽快な一巻。私たちは、かつて時代ものを彩った男装の麗人の活躍を何年ぶりに見ることになったのか! 史実の間をぬって展開するスリリングなストーリーと魅力的なヒロインの闊歩にどれだけ、現実の憂さを忘れることができただろうか。そうした意味でも今年を代表する力作といえよう。
『風神雷神』は、泰西名画に関する小説やエッセイで知られる作者の隠し玉が俵屋宗達であったということで、まず驚かされる。が、作者は、過去と現在を自在に往還させる魔術的手法によって、風神、雷神に、ギリシャ神話のアイオロスとユピテルが出会うシーンを重ねることに成功、ここにめくるめく、東西を分かたぬ歴史絵巻が現出した。この作者ならではの新たな展開が楽しめる。