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飼うことは自分を見つめること

飼うことは自分を見つめること

文:岡ノ谷 一夫 (動物行動学者・東京大学教授)

『飼う人』(柳 美里)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『飼う人』(柳 美里)

「ウーパールーパー」。この両生類の正式な和名はメキシコサンショウウオである。アホロートルとも呼ばれる。ウーパールーパーという種名は、日本でしか通じない。3年前、近所の商店街でウーパールーパーを衝動買いした男は、32歳。実家に住んでコンビニでアルバイトをしている。誠意をもって正確に業務を果たしている。

 ここに来る前、彼は別の町で7年間一人暮らしをしていた。総勢60名あまりの小さな会社であったが、彼の得意な英語を生かせる仕事に就いていた。会社の人々は、みな誇りをもって働いていた。社員食堂は安くておいしかった。非常に特殊な機械を作っていた会社であったため、経営は安定しているように見えた。しかし海外の会社が類似商品を作り始め、会社はだんだんと傾いていく。

「ピザまんが50円引きとなっております。いかがでしょうか?」と、指示通りのアナウンスを通る声で発する。会社をリストラされ、実家に戻り、コンビニで働くようになっても彼は職務に誠実である。ウーパールーパーは、幼形成熟する。両生類だが陸にあがらず、一生を水の中で暮らす。鰓呼吸で酸素を取り込むが、時折水面に顔を出し、空気を吸い込む。肺もあるのだ。ウーパールーパーがこのような生き方を選んだのは、原産地の過酷な環境による。物語の終盤、彼はウーパールーパーに名前を与える。その行為が意味するものは何か。

 

「イエアメガエル」。このカエルは在来種ではない。日本のアマガエルよりずいぶん大きい。この物語の語り手は、16歳の少年である。東日本大震災の被災地に、母親と一緒に越してきてからもうじき1年になる。母子が住む借家は震災の影響か、傾いている。

 少年は水棲動物と縁がある。最初のペットは金魚、白点病で死んだ。次のペットはアロワナ。東日本大震災の日に水槽から飛び出て死んだ。アロワナの水槽は、そのあとすぐにイエアメガエルの水槽になった。このカエルは、在来種ではない以上、ネット通販で買ったのであろう。このカエルは、少年が溺死を考えた日に死んだ。

 その後母子は福島に引っ越し、再びイエアメガエルの飼育を始める。原発事故の影響の調査で、母子の家の放射線量が多いことがわかり、除染作業が入る。除染作業員の会話が長々と写し取られ、この異常な状況が日常の一部になる。

 その日、少年の母は二階で寝ており、少年は母の額の生え際の白さ、目じりや口元の皺に気づき、自らが母とカエルとともに年老いていくことに恐怖を感じる。母親に依存され、自らがカエルに依存せざるを得ないことに恐怖を感じる。しかし少年の生命力は、この状況からの脱却を試みる。

文春文庫
飼う人
柳美里

定価:924円(税込)発売日:2021年01月04日

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