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ふたりがこの世界に現れていなければ、愛するプロレスを手放すところだった

ふたりがこの世界に現れていなければ、愛するプロレスを手放すところだった

文:西 加奈子 (作家)

『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』(柳澤 健)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』(柳澤 健)

『プロレスは不思議なジャンルだ。

(中略)いくら強くても、たとえIWGPヘビー級のチャンピオンベルトを巻いてさえ、ファンに支持されなければ何の価値もない。

 プロレスとは、観客のために存在するものだからだ。』

 

 プロレスについて真摯に考え続けるのは、著者だけではない。棚橋弘至も中邑真輔も、自分にとって「プロレスとは何か」「レスラーとはどうあるべきか」を、何度も言葉にしている。

 

『僕はプロレスを“競技”と呼んでいます。まさに技を競いあっているからです。でも、それ以上に僕たちは人間を競いあっている。人間の優劣が、わずか10分、15分で決められてしまう。決めるのはお客さんです。』

 

『戦うことによって感情を表現し、メッセージを伝える。プロレスラーという職業は、一見、シンプルな構造に見えて、実は自分の生き様が反映される複雑な創作活動です。難解だけれど、究極の表現、芸術なんじゃないかと僕は思っています。』

 

 自分たちの仕事それ自体の定義について、ここまで思考を求められるジャンルが、他にあるだろうか。そしてもちろん、その思考は著者や選手だけのものではない。私たちファンのものでもある。

 棚橋弘至と中邑真輔。二人の功績はこの文字数では書ききれないが、最大の功績の一つに、「プロレスを、私ごときが語れない」という気持ちを、払拭してくれたことにあったのではなかったか。閉塞的であった世界に穴を開け、そこから命がけでこちらに光を届けてくれたのではなかったか。彼らは私たちに、「あなただけのプロレス」を、手渡してくれたのではなかったか。

 プロレスは、私たちのものなのだ。

 だからこそ、熱いファンが存在するのだ。それぞれの「プロレス」があるから、私たちは語ることを止められない。

 低迷を乗り越えた新日本プロレスの会場に足を運んだ私は、いつも大勢のファンに圧倒されてきた。女性も、子供も、外国の方もいた。皆が「それぞれのプロレス」を持ってきていた。それを大切にあたため、愛し、信じていた。そして棚橋弘至と中邑真輔は、自らの肉体を賭して、「それぞれのプロレス」を、全身全霊で肯定してくれた。彼らがその肯定をサボったことは、一度もなかった。

 こんなにひらかれ、こんなに人を魅了し、こんなに勇気を与えてくれるエンターテイメントを、私は他に知らない。

 私が勝手に恐れていた「怖いファン」などいない。彼らは「彼らのプロレス」について、愛をもって語ってくれていただけなのだ。そこには「怖さ」など、存在する余地はなかったはずなのだ。

 そのことに気づくまでに、こんなに時間がかかった。棚橋弘至と中邑真輔がこの世界に現れていなければ、私だけではなく、皆が、自分の、自分自身の愛するプロレスを手放すところだった。

 だから私は、記者会見で思わず前置きをしてしまった、あの時の私に言いたい。

 あなたには「あなたのプロレス」があるじゃないか。

 それを心から愛し、信じて、誠実に語り始めればいいじゃないか。

「私の大好きなプロレスについて語らせてください。」

 私たちには、棚橋弘至と中邑真輔がいるじゃないか。

文春文庫
2011年の棚橋弘至と中邑真輔
柳澤健

定価:1,023円(税込)発売日:2021年01月04日

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