- 2021.01.15
- 書評
「働く」とは生きること。鬼才ルメートルが放つ怒濤の再就職サスペンス
文:諸田 玲子 (作家)
『監禁面接』(ピエール・ルメートル)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
今、世界は危機的状況にある。本書でも描かれているように、手段をえらばず暴利をむさぼる大企業がある一方で、人格さえ認められずに首を切られる失業者や低賃金にあえぐ非正規雇用者が数多いる。しかもコロナ禍で、失業者は増加の一途をたどっている。格差や差別がこれ以上蔓延すれば、社会への恨みがところかまわず爆発するにちがいない。第二第三のアランが生まれる土壌は、日々、醸成されているのだ。本書はまさに時流の正鵠を射ている。フランスで発売されたのは二〇一〇年だそうだが、今こそ必読の書といえるのではないか。
フランスといえば、本書には英国や米国、北欧ミステリーとはちがう香りがある。言葉にするのはむずかしいけれど、洒脱でシニカルな大人の遊び心とでもいおうか。愚かしくも右往左往するアランや、一緒になって手に汗にぎる読者を、ルメートルは諧謔にみちたまなざしで見つめているような気がする。虫けらのごときホームレスのくせにときおり格言を口にする心憎い脇役シャルルのように、どこか超然とした雰囲気をただよわせながら。
ところで、アランの運命やいかに? サバイバル・ゲームはどうなったのか。
「ものごとは見る角度によってまったく違ってしまうものだ」とはアランの言葉だが、自分がなにをしでかすか予測できず、泣き怒り怯え、心休まるまもなく闇雲に闘ってきた彼がそんなにまでして手に入れたものは、いったいなんだったのだろう。
最愛の妻ニコルは、「かわいそうな人」とだけいって去ってゆく。
アランの望みはただひとつ、仕事を得ることだった。ニコルや娘たちのために。
「おれをレースに復帰させてくれ、社会に戻してくれ、人間に戻してくれ。生きた人間に。そしてあの仕事をくれ!」
アランは叫ぶ。最初から最後まで一貫して「仕事が欲しい」と。
人は衣食住のため、より良い生活をするため、金銭を得るために働く。でも、それだけではない。働くとは、生きることでもある。だれかに必要とされること、社会に自身の居場所を見つけること――それこそが生きることで、つまりは労働の本質なのだ。
仕事を奪うな。失業者を増やすな。だれもが働ける社会をつくれ。
アランの怒りを通して、ルメートルの声が聞こえてくる。
怒涛のサスペンス巨編は、私たちに生きる意味を問いかける真摯な一冊でもあった。
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