- 2016.10.24
- 書評
ルメートル、なんと憎らしい作家だろう
文:池上 冬樹 (文芸評論家)
『傷だらけのカミーユ』 (ピエール・ルメートル 著/橘明美 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
ピエール・ルメートル、やはり一筋縄ではいかない。
読者は読後の余韻にひたりながらもう一度冒頭に戻り、ゆっくりとプロローグを読み返すのではないか。一人の女性に襲いかかる残酷な事件を、カミーユの目で辿(たど)り返すのである。最愛の女性に何が起きたのか。どう災厄がふりかかったのか。一読目では気づかなかったことが、再読で見えてくる。いや、一読目では絶対見えないだろう。物語の結末まで読んで初めて意味のわかる冒頭なのである。『その女アレックス』のときも、読了後もう一度冒頭に戻り、読み返して、いやはやちゃんと書いてあるではないかと驚いたことを思い出す。いったい自分は何を読んでいたのだろう、そしてこんなに巧妙に伏線を張るルメートルはなんと憎らしいのだろうと思ったものだが、その思いを、本書でもふたたび味わうことになった。
本書『傷だらけのカミーユ』は、英国推理作家協会賞の二〇一五年度のインターナショナル・ダガー賞受賞作である。インターナショナル・ダガー賞とは英語に翻訳された非英語圏の作品が対象だが、実はルメートルは、同賞を一三年度にも『その女アレックス』で受賞しているので(フレッド・ヴァルガスの未訳作品とともに)、『傷だらけのカミーユ』で二度目の受賞となる。
このルメートル人気は母国フランス以外でも顕著で、数年前から海外でも翻訳紹介が進んでいて、ゴンクール賞を受賞した『天国でまた会おう』(早川書房/ハヤカワ文庫)も英訳され、一六年度のインターナショナル・ダガー賞にノミネートされているところだ(ご存じのように横山秀夫の傑作『64』も英訳されて最終候補作に選ばれた)。果たして三度目の受賞となるかどうかはわからないけれど(本書が上梓された頃には結果が出ているだろう)、賞に十二分に値する作品であることは一読された読者ならわかるだろう(横山秀夫の『64』もまた。ルメートルと横山秀夫のダブル受賞なら嬉しいのだが)。
さて、『傷だらけのカミーユ』は、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの第三作だ。『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』に続く三部作の完結篇で、時系列でいうと、『その女アレックス』のすぐあとの事件であるけれど、本書で繰り返し言及されるのは、悲劇的な死をとげたイレーヌのことである。翻訳の順序が『その女アレックス』→『悲しみのイレーヌ』と逆になった日本人には、『悲しみのイレーヌ』の衝撃がさめやらないなかで本書を読むのはとてもいいことで、またとない贈り物となるだろう。
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