- 2021.01.15
- 書評
「働く」とは生きること。鬼才ルメートルが放つ怒濤の再就職サスペンス
文:諸田 玲子 (作家)
『監禁面接』(ピエール・ルメートル)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
アランは五十七歳。安定した仕事を失って四年、職探しに奔走して物流会社のアルバイトにありついたものの、トラブルを起こしてそれすら失いかねない。訴訟沙汰にもなっていて、人生最大の窮地におちいっている。共稼ぎの妻と独立した娘たちという愛する家族のためにも、金が要る、仕事が欲しい、プライドも保ちたい。そんな彼が、某コンサルティング会社が企画した大手企業の人材採用試験の最終候補に残ったことから、予想外の事態に巻きこまれてゆく。実は、最終試験は、武装グループに重役会議を襲撃させて、重役たちの反応から的確な人物評価を導くという奇想天外なもの。悩みぬいた末、アランは涙ぐましい準備をかさね、偽物の武装グループをあやつって芝居を粛々と遂行すべく試験にのぞもうとするのだが……。
本書はアランが一人称で語る「そのまえ」、語り手を試験の企画・進行を担う警備保障会社の社長ダヴィッド・フォンタナにバトンタッチして事件の推移を語らせる「そのとき」、そして再びアランが語る「そのあと」の三部で構成されている。未読の読者のためにこれ以上は書けないが、よくもまあ次から次へ思いもよらない出来事が起こるものだと目をみはる。あれよあれよというまに状況が二転三転して、一体どこへ向かっているのか、まったく結末が読めない。
窮鼠猫を噛むというけれど、「以前、おれは自分のことをよくわかっていた。だから自分の振る舞いに驚いたことなどなかった」というアランが一変、「このところおれは自分に驚きっぱなしだ」と述懐する。人間だって追いつめられればなにをするかわからない。めまぐるしい展開に、事態はますます混とんとしてゆく。
ふと、映画「チャップリンの殺人狂時代」を思い出した。長年まじめに働いてきた男が失業をきっかけに殺人狂と化してゆく話だが、金欲しさもむろんあるにせよ、彼が殺人にかりたてられたのは弱者を非情に切り捨てる社会への激しい怒り、世間への恨みだった。アランもそうだ。金を得ようと命を賭して闘うものの、それは自分のためというより家族のためで、アラン自身の原動力となっているのは「怒り」である。本書にも「ここにいるのは金のためではない。復讐のためだ。これは象徴的な復讐であり、その背景には恨みと苦渋がある」と、フォンタナの語りを通してはっきりと書かれている。
おいおい、そっちへゆくのかよ。ねえ、それってまずいんじゃないの。いつしか常軌を逸し、自ら底なし沼に足を踏み入れてのたうちまわるアランに呆れ、ときに罵倒をあびせながらも、つい「負けるな、がんばれ」と応援したくなるのは、アランの死に物狂いのサバイバル・ゲームが私たちの日常とあいまって、切実な共感を呼び起こすからだろう。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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