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岸田奈美×澤田智洋「できないことが、あなたを救う。いじわるな毎日を生き延びるための思考法」

岸田奈美×澤田智洋「できないことが、あなたを救う。いじわるな毎日を生き延びるための思考法」

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

別冊文藝春秋LIVE TALK vol.3[ダイジェス ト]

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

岸田 寅さんは実在しないですけど、大丈夫ですか。

澤田 ちょっと(笑)。いや、ああいう健康的な生活を取り入れたいなと思ったときに、パーカーだったんです。同世代の人とかね、やっぱり高いスーツを着たり、だんだんビシッとしてくるんですよ。だけど、数学者の森田真生さんという人が言ってたんですけど、数学者ってみんな、年々服装がヨレヨレになってくるらしいんですよ。寝ぐせもひどくなって。それって、数学とか自然というものが制御しきれないとわかって、抗うのをやめていくからなのかなと。

岸田 なるほどね。新書で『健康になりたければパーカーを着なさい』とか、『パーカーで病気は治る』とか、出してみたらどうですか?

澤田 そうね、出してみようかな(笑)。いや、でも、僕と岸田さん、共通しているのは、雑誌とかメディアで謳われる「これさえやっておけばいいよ」を信用していないことですよね。どこかでひねくれてるのかもしれない。自分なりの健康法を確立させないと気持ち悪いという。

岸田 それ、私と真逆じゃないですか。澤田さん、ちょいちょい攻撃してきますよね。

澤田 えっ、いま、私、攻撃しました(笑)?

岸田 なんかシュッとした感じで、ちょっとこう、俺は岸田とは違うぜっていう。私だって澤田とは違うぜって思ってるところがあるので。

澤田 そうなの(笑)? でも、岸田さんだって、自分なりに答えを出してるじゃないですか。

岸田 まあ、それはね。じゃあ次。「自分自身をゆるめるのが難しいです。最初の一歩としてやれることがあれば教えてください」。澤田さんのご本を読まれた方かな? 確かにこれは気になる。まずどうしたらいいんですかね、自分自身をゆるめるために。

澤田 カッコつけるのをやめる、これがすべてですね。

岸田 ほう。

澤田 僕もまずそれを決意して、毎日パーカーを着るようになったし、足が遅いとか、息子に障害があるとか、隠すのをやめた。そのほうが家族が幸せでいられる気がしたんですよ。親父がまずコンプレックスを明かして、みんなでそれを笑って、息子もみんなの仲間になっていけたらなって。

岸田 うん。確かに。

澤田 力んでいたほうがいいときって特にないと思う。ご機嫌でいるほうがアイデアも出るし。だから僕の場合、生きるために自然と力が抜けていった感じです。岸田さんはどうですか?

岸田 確かに難しいと思う。私にとってはゆるめるって、自分がよろこぶことをするということなんですよね。でも、「自分がよろこぶ」と「他人に迷惑をかける」が被ってしまうこともあるわけで。そういうときに、「××すべき」という思考になり始めたら要注意だと思っています。本当に良くないんですけどね、私、しばしば約束の時間に遅れちゃうんですよ。間に合う時間に家を出てるのに、急行に乗り間違えるとか、失敗が多い。

澤田 それは電車のほうが悪い。だって、わかりづらいですもんね。

岸田 そう、わかりづらい! いや、違う。電車のせいにしちゃダメ(笑)。会社員時代は「初めての取引先に行くときは、事前に下見に行け」とか「三〇分前に着くように出ろ」とか、周囲から言われるわけですよ。でも、私はそれをやるのがものすごくしんどかった。だから最近は、五分遅れちゃったら、その人が好きそうなお話、桃太郎とか、アレンジしたおとぎ話とかを考えて、「五分遅れちゃったので、そのあいだに作ってきました」って披露する。いらないかもしれないけど、笑ってくれる人もいる。

澤田 いいんじゃないですか。そういう、自分がつらくない方法を見つけるってすごく大事だと思います。たとえば、嘘ついちゃいけないってみんな言うけど、意外と自分に嘘ついてる人が多いですよね。一番嘘ついちゃいけないのって、自分に対してなんじゃないかなと思うんだけど。だって、自分ってもっとも身近にして、小社会みたいなものだから。自分に貢献することイコール社会貢献なんですよ。

岸田 あー、たしかに。私も「嘘ついちゃダメ」にずっと違和感がある。常に本当のことを言わないといけないって、しんどいですよね。私が住んでた大阪の谷町という下町のおばあちゃんが言ってたんですよ。「おもろい話やったら三割まで嘘ついてええんやで!」って。たまにやるんです、それ。私の場合は、相手が「だまされた!」ってショックを受けない場合に限り、三割盛ってよしというルールを自分に課してる。面白いですよ、とっても。

澤田 そもそも、同じ現象だって、人によって体験は全然違うんですから。三割編集するぐらい、いいと思う。

岸田 そうそう。

澤田 正しくなきゃいけないって、すごく窮屈ですよ。

自分のダメさを痛感するのもまたよし

岸田 私がすごい共感したのは、次のこれ。「気がついたらスマホを長く見てしまい、やりたいことができないままでいます。弱さに打ち克ちたいです。脳みそをやる気モードに変換するためにしている儀式はありますか」。

澤田 儀式をやる前提だ(笑)。

岸田 私、これ、めちゃくちゃわかるんですよ。スマホを見ちゃって、あっという間に時間が経っているという焦り。好きなマンガアプリがあって、それ見てると、ほんと三時間でも四時間でも、あっという間なんです。やらないといけないことがあるのに、ただ、だらだらしてるだけで、まったく生産性なんてない時間なんです。

 でも、この時間は絶対なくしたくない。だから、私、だらだら時間を充実させられるように頑張ったんですよ。マンガアプリをかたっぱしからチェックして、面白そうなマンガを事前にピックアップしておいたり、マンガを読むスピードを速くしたりして。

澤田 だらだらレベルを上げたんだ(笑)。

岸田 そう! それで、同じ時間でマンガアプリが三つ梯子できるようになった! 言ってて思ったけど、ダメダメですね(笑)。いやでもね、自分ってダメだなっていう時間もね、人間、大事ですよ。

澤田 うん、本当にね。

岸田 まあ、澤田さんはね、こんなだらだらしてる人の気持ち、わかんなそうですけどね。

澤田 いやいや(笑)。僕、だらだら時間は好きですよ。そういう罪悪感があるときのほうがいいアイデアが出ることも多くて。

岸田 あっ、そうそう。

澤田 授業中に机の下でこそこそしてるときのほうが意外とひらめくのと一緒で。やべえ、締め切りあるのにと思いながらTwitterを見てたり、背徳感を伴っているときのほうが、パッとひらめく。そのときに大事なのが、一〇〇%だらだらするんじゃなくて、五%ぐらいは課題意識を持っておくことなのかも。

岸田 ああ、確かにね。

澤田 だから、僕の場合、スイッチを切り替えない。並行して、ふたりの自分がいる感じ。岸田さんもそうでしょう? 岸田奈美の延長線上にすべてがある。

岸田 そうですね。シームレスですね。もちろん、珈琲飲むとか、アロマ焚くとか、切り替えが効くときもあると思うんですけど、私みたいに、だらだら時間を異常に充実させて、一回自分を飽きさせて、次のことに興味を持っていくとか。結局、自分の気分なんて流動的なものだから。

澤田 それ、おもしろいですね。切り替えるという意識を捨てることがまずは大事なのかも。

岸田 私、最近、めちゃくちゃ元気で、夜中のゲームがやめられないんですよ。日中執筆して、夜の一二時から「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」っていう、もう沼と呼ばれてるゲームを延々朝までやっちゃうんです。ダメだって思ってるんですけど、やめられない。でも、いつか飽きるので、それまではやろうと。

澤田 すごいな、ほんとに(笑)。

岸田 人生、長いから。

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