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岸田奈美×澤田智洋「できないことが、あなたを救う。いじわるな毎日を生き延びるための思考法」

岸田奈美×澤田智洋「できないことが、あなたを救う。いじわるな毎日を生き延びるための思考法」

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

別冊文藝春秋LIVE TALK vol.3[ダイジェス ト]

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

世界のアップデートは目指さない

澤田 そのノート、ちょっと見せてもらってもいいですか。

岸田 読書ノートです。私、いい本を読んだら、手書きでノートに書き写すんです。「いいな」と思ったところに線を引き、付箋を付け、その内容をペンでバーッと書く。付箋の色は感情によって使い分け。澤田さんの本だと、たとえば一一一頁の「生きるということは、何かを生み出すこと」というくだり。経済的に何も「生産」しなくても、他者への影響も含め、何も生み出さないまま生きている人なんていないっていう、ここがすごく良かったから、書き写したうえで、自分の場合はどのエピソードと呼応するのかとか鉛筆で書き足しています。まるで澤田さんと会話してるみたいで楽しいですよ。

 私、こうやって本を使い倒すんです。澤田さんの本からも、どんどん自分というOSに取り込んでいった。ここもそうですね。ゆるスポーツが目指しているのは、「より面白く、人間くさく」っていうところ。

澤田 ああ、「より早く、より高く、より強く」ではなくて……というところですね。

岸田 人間くささを許せるって大事だなと思った。いま小説に挑戦してるから、キャラクターの魅力ってどうやってつくったらいいんだろうと悩んでたんですよ。でもこれ読んで、そうか、面倒くさいとか、他人と違うということが魅力になるんだなと思って、考え直した。人生の杖になるような言葉をもらったなと思ってます。

澤田 そのあたり、全部自分の実感から来ているんですよね。なんか、匂わない人が多いじゃないですか。

岸田 匂わない(笑)。人間くささがね。

澤田 無臭な人が多いのがさみしくて。人間くさいとか、面倒くさいとか、青くさい人のほうが僕は好きです。

岸田 人間くささを「匂う」って言う人に初めて会ったけど(笑)。

澤田 僕は匂い立つ人が好き。岸田さんも、めちゃくちゃ人間くさい。

岸田 確かに匂ってるかもしれない。そんなふうにね、澤田さんの本には自分を好きになれる言葉がたくさんあったから、読書ノートがはかどりましたよ。

澤田 ありがとうございます。全部自分に向けて書いていることなんですけどね。

岸田 ああ、自分を励ますために。そういう意味でいうと、私も一緒かもしれない。

澤田 そうですよね。最近みんなが「世界をアップデートさせよう」って言うでしょ。

岸田 言いますね、アップデート。

澤田 僕はこの言葉にすごく違和感があって。世界を壊そうとか、前進させようと言われても、どうしたらいいかわからない。ガチガチで居心地の悪い世界をゆるめよう、だったらいくらでもやりようがあるなと思う。

岸田 うん。言葉ってすごく大事だと思います。私がよくいるTwitterの世界もいまは完全に大喜利になっていて、より過激な発言が褒められる。パンチが利いていて面白い、ということももちろんあるけど、同じぐらい他人を傷つけてしまうこともある。『ガチガチの世界をゆるめる』というタイトルだって、もしこれが『ガチガチの世界を壊す』だったら、これまでの世界をつくってきた人たちをくさしちゃう気がするけど、「ゆるめる」だったら、その言葉を持ってる自分がちょっと誇らしくなる。澤田さんは、そういう、自分のことが好きになれるような言葉をつくるのがうまいですよね。

澤田 一応、本職はコピーライターだから(笑)。

岸田 そうだ! 忘れてた。

澤田 あと、たぶん言葉にいっぱい傷つけられてきたから。海外にいると、アジア人は「イエローモンキー」とかマジで言われるんですよ。息子の障害にしても、「かわいそう」という言葉に傷ついてきたから、言葉って火みたいなものだと思い知ったんですよね。暖をとることもできれば、火傷もする。それなら僕は、暖がとれるような言葉をつくっていきたいなと思ったんです。

自分をゆるめたいときは

澤田 では、ここからは、みなさんからいただいたお悩みやご質問にお答えしていきましょうか。ひとつひとつ、けっこうハッとさせられましたね。まずは身近なこの相談から。「健康について気を付けていることを教えてください」。僕も興味ありますね、岸田さんの健康法。

岸田 これは難しい。自分で気を付けるのって難しいんですよ。なぜなら、身体が丈夫な人は、どうしても無頓着になってしまうから。だから、私は常に「パクリスタイル」なんです。

澤田 パクリスタイル(笑)。

岸田 常に、信頼できる先駆者が出した結論に従う。先駆者は大金を使って、様々に試してるわけだから、その結果のいいとこ取りをする。そもそも健康ってすぐ効果が出るものじゃないから、コスパも大事じゃないですか。私はもっぱら先駆者頼みです。

澤田 そういうとき、岸田さんはどうやって情報を取捨選択するんですか? 信用する本とか人を決めて、まるまる鵜呑みにするのか、網に引っかかったものを自分用に溜めていって、編集するのか。

岸田 編集意識はずっと持ってますね。私、毎日、目に入れる情報がめちゃくちゃ多いんですよ。いろんなメディア見ちゃうし、文章も読みまくる。趣味がウィキペディア閲覧だった時代もあるぐらいで。だから、自分にとっている、いらないの判断は早いですね。

 同時に、自分の判断をそれほど信用していないというところもあって。だからこそ、モテたいなと思ったら、モテてる女の言うことをとにかく参考にする。本に書いた「胸が大きくなったブラ」というのも、そのひとつです。そこに投資してきた人間に教えを乞う。

澤田 なるほどね。自分を信用しきらないというのはいいですね。

岸田 たとえば、澤田さんがスポーツ音痴なら、私は美容音痴なんです。

澤田 おお、美容弱者だ。

岸田 そう。肌が荒れてるかどうかすら自分ではわからない。だから、骨格診断とか、パーソナルカラー診断とか、メイク診断とかを全部専門家に頼んで、似合うものと似合わないものを紙に書いてもらって、それを信用してる。

澤田 なるほど、なるほど。

岸田 最初にプロの視点を入れるんです、体の中に。

澤田 それって、いまのビジネス的ですよね。スモールにスタートして、ABテストをやって、みたいな。

岸田 私の場合は単に、究極の面倒くさがりなんですけどね。澤田さんは何かやってますか。

澤田 僕はですね、パーカーですね。パーカーを着ることが僕の健康法。むかし、健康って何だろうと考えて、寅さんじゃないかと思い至った。寅さんは酒飲んで、たばこ吸って、女性を追いかけて、定職にも就いてないけど、めちゃくちゃ肌つやがいいでしょう。あれを健康というんじゃないかと思って。

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