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岸田奈美×澤田智洋「できないことが、あなたを救う。いじわるな毎日を生き延びるための思考法」

岸田奈美×澤田智洋「できないことが、あなたを救う。いじわるな毎日を生き延びるための思考法」

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

別冊文藝春秋LIVE TALK vol.3[ダイジェス ト]

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

まずはマイナーチェンジから

澤田 次のお悩みは「自分も変わりたいし、家族にも変わって欲しい」。

岸田 私は、基本的に超ハッピー、ポジティブシンキングな人間であると同時に、あきらめ思考も備えていて。あきらめるというのは、努力しないという意味じゃなくて、執着を手放すということなんですが。だから、基本、「他人のことは変えられない」と思っているんです。マインドは、本人自身にしか変えられないから。

澤田 まあそうですね。僕も、自分を変えるしかないんだろうなと思うことが多いです。ただ、言葉から変化を呼び起こすのはおすすめだと思います。自分自身をもリードしてくれるような言葉をつくる。お笑いでいうところの、自分の相方になってくれるような言葉を探す。

そうすると、言葉に導いてもらって自分も変わるし、その言葉を介してまた誰かが変わっていく。「ゆるめる」という言葉にしても、その言葉自体が強烈なリーダーシップを発揮して、僕のまわりはどんどんゆるまっていったんですよ。だから、まず言葉に背負わせるというのも大事じゃないかなと。

岸田 確かに。言葉にね。

澤田 あとは、Twitterでもnoteでもいいから、どこかで第三者に吐き出すというのもおすすめですね。

岸田 大事ですね。

澤田 家族と自分だけの世界になってしまうと、狭い価値観に押し込められて、苦しくなるから。

岸田 うんうん。あと、私はやっぱり、自分を楽しませたり、ハッピーにしたりする方法をたくさん知っておいて、そのハッピーをおすそ分けする気持ちで文章を書いて公開するのがいいと思う。「誰かを元気にしたい」よりも、自分のハッピーをおすそ分け、というのがポイントです。

澤田 確かに、結局、自分とどう向き合うかというのが大事なのかなと思う。僕はよく自分宛に企画書を書くんです。「自分御中」と表紙に書いて、「新しい働き方を提案します」みたいな。

岸田 澤田さんがいま死んだら、ミステリーになるね。こいつはジキルとハイドみたいな、二重人格だったんじゃないかみたいな話になるかもしれない。

澤田 複雑なダイイングメッセージみたいな(笑)。いや、あのね、結局、自分のことしか考えてないと言われたらその通りなんだけど、自分の走馬灯の質をあげたいんですよね。走馬灯ってもちろんよくわからないけど、文献とか読むと、人生のダイジェストが一六から二四コマ出てくると書いてある。それってCMだなと思って。生命保険の宣伝でよくある、子供が成長して、結婚して、巣立っていくという家族の一生を追った三〇秒のCM。そう考えたら、より愉快な光景をつくりたいし、それをひとりでやるよりは誰かと共有できたほうが楽しいなって。あの、大丈夫ですか、ついてきてくれてますか?

岸田 いや、走馬灯からちょっとついていけなくなって。

澤田 ほんとですか。うそ(笑)。

岸田 気持ちだけはわかります。うん。じゃあ、最後にひとつ。自閉症の息子さんがおられる方からのご相談。聴覚と嗅覚過敏で電車が苦手な息子さんのための「電車時間のゆるめ方を教えてください」。

澤田 これね、わかります。僕の息子も視覚と、軽度の知的障害があるので、電車に乗ると奇声を発するんですよね。それでずっと、まわりの人にごめんなさいって思ってた。でも、息子を観察しているうちに、三回ぐらい叫んだら案外収まるなというのがわかってきて、だから最近は、三回見守って、奇声が済んだら堂々としているようにしたんです。悪いことしているわけじゃないから、と。

 これって、一気に世界をゆるめられないという話で。障害のある我が子を変えることはできないし、一足飛びに車内環境とか、電車に乗ってる人の寛容度を上げることもできない。そんなときに、いまこの瞬間にどんなマイナーチェンジならできるかなと考えたんです。絶対にひとつはゆるめられるポイントがある。小さくてもひとつ、それができたら自信になる。そのポイントを探すといいんじゃないかなと思いますね。

岸田 そもそも、電車で静かにしないといけないっていうのはなんで? という疑問がありますよね。

澤田 日本だけなんですよ。電車とエレベーターで静かにする文化というのは。

岸田 私も、声優の萌えCDとか聴いてたら、周囲からめちゃくちゃ見られて。あっ、聴こえてるんだって。

澤田 みんな、静かだから(笑)。

岸田 私も苦手なんです、静かにしないといけないというのが。うちの弟もたまに、ウワッとかって言い出すときがあるし。でも、言ったほうがなんか楽じゃないですか。もっと車内で沖縄民謡っぽくオイッ、オイッてやったりとか、「♪イーヤーサーサー」とかやったらいいじゃないですか。電車で静かにしないといけないって勝手にできたルールだから、それを気にして、申し訳なさとか感じないほうがいいんじゃないかなと思いますね。

澤田 大声が我慢できなかったらイヤホンしたりね、手段を持っているほうが対応する。ワールドカップのときに、電車でみんなで肩組んでね、「オオッ、ニッポン!」とかやってましたよね。移動体験としてもそのほうがきっと楽しい。

岸田 絶対そっちのほうがいい。だから、騒がしい車両と騒がしくない車両に分ければいいんですよ。女性専用車両と、沖縄専用車両みたいな感じで。

澤田 沖縄専用車両(笑)?

岸田 そうそう(笑)。

澤田 海外の電車は、雰囲気がもっと自由。自転車持った人とかいろいろ乗っててね。岸田さんのエッセイとか、もしかしたら僕のゆるスポーツとか、最終的にはそういうところも、ゆるまっていくことに繋がったらいいですね。

岸田 変えていきたいですよね、ほんとに。

澤田 三〇年後はもしかしたら、岸田線みたいなのができてるかもしれない。

岸田 出馬するときは、「私、岸田奈美は、電車でみんながサンバを踊れるようにします」みたいな感じで。

澤田 公約してね。岸田さんの妄想を全部具現化した町みたいなものができたら面白そうですもん。

岸田 大丈夫党をつくって、実現しましょうか。そうじゃなくてもね、みんな、心の中に大丈夫党は持っておいてほしいです。大丈夫だから。

澤田 結局は、今日のこれも一票を獲得するための会だったか……。

岸田 違うから(笑)。

撮影:松本輝一


きしだ・なみ 100文字で済むことを2000文字で書く作家。WEBメディア「キナリ」主宰。
 1991年、兵庫県生まれ。関西学院大学人間福祉学部社会起業学科卒業。「バリアをバリューに変える」株式会社ミライロで広報部長をつとめたのち、作家として独立。
 ダウン症の弟と車いすユーザーの母、亡くなった父との思い出を綴ったnoteを筆頭に、嘘のない文章が多くの人の心をつかみ、一躍人気者に。2020年9月、初の著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』刊行。同年10月、Forbes JAPAN「30 UNDER 30 JAPAN 2020」受賞。

さわだ・ともひろ 世界ゆるスポーツ協会代表理事。コピーライター。
 1981年生まれ。幼少期をパリ、シカゴ、ロンドンで過ごした後17歳の時に帰国。2004年広告代理店入社。映画『ダークナイト ライジング』の「伝説が、壮絶に、終わる。」等のコピーを手掛ける。15年に誰もが楽しめる新しいスポーツを開発する「世界ゆるスポーツ協会」を設立。これまでに90種ぐらいの新しいスポーツを開発し、10万人以上が体験。海外からも注目を集めている。また、UNITED ARROWS LTD.と取り組んでいる、ひとりを起点に新しいファッションを開発する「041 FASHION」、オリィ研究所と共同開発している視覚障害者アテンドロボット「NIN_NIN」など、福祉領域におけるビジネスも多数プロデュースしている。20年9月、初の著書『ガチガチの世界をゆるめる』刊行。

ガチガチの世界をゆるめる

 

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別冊文藝春秋 電子版35号(2021年1月号)
文藝春秋・編

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