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岸田奈美×澤田智洋「できないことが、あなたを救う。いじわるな毎日を生き延びるための思考法」

岸田奈美×澤田智洋「できないことが、あなたを救う。いじわるな毎日を生き延びるための思考法」

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

別冊文藝春秋LIVE TALK vol.3[ダイジェス ト]

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

岸田 どうしたらいいかわからなくなって、自分には育てられない。この子を抱えて死ぬかもしれないと思ったときに、お父さんが言ったんですって。「そんなにしんどいなら、施設に預けたらええ。俺は、ひろ実ちゃんの幸せのほうが大事やから」って。それ聞いた瞬間に「あっ、この人は私のつらさをわかってくれてる」ってなんか勇気をもらって、「あかん、この子は私が育てるんや!」と思えたらしい。

 その話を聞いたのは、私がエッセイ書くようになってからなんですよ。「そういえばそんなこと言われたことがあったわ」と母が話してくれて。そんなふうに、埋もれていた記憶が掘り起こされたり、見え方が変わったり。最近は、灰色だと思っていたことにどんどん色がついていくみたいな感じです。

澤田 エッセイという吐き出し口が見つかったことで、これまでよりたくさんのことを受け止められるようになったり、岸田さん自身の記憶や視界の解像度もあがってきてるのかもしれませんね。

岸田 そうなんです。澤田さんも本に書いておられたけど、人生は長いんだし、苦手なものとか、嫌な記憶とか、そのままにしておかないで、自分なりに好きに変えていったほうがいいなといまは思っています。

スポーツはちょっと意地悪だから

岸田 澤田さんは、ゆるスポーツを具体的に考え始めるに至ったきっかけとかあるんですか?

澤田 あります。息子を連れて公園に行ったときにね、できるスポーツがなかったから。息子は目が見えないし、僕は大の運動音痴ですからね。足も遅いし、すぐ肩も脱臼するし。

岸田 そんなふうに見えないですけど。

澤田 いまは恰好から入っているから。オリンピック選手の方々と仕事する機会も多いし、なめられないようにいつもパーカー。

岸田 アディダスが泣く(笑)。

澤田 僕がアディダスの社員だったらぜったい僕に着てほしくない。でも、買うのは自由だから(笑)。それで公園に行くとですね、他の家族はバドミントンとかキャッチボールとかしてるんだけど、僕ら家族にはできることがない。仕方ないから、ジャンベという太鼓を持っていって、ポンと叩いてた。叩きたくもないのに。

岸田 太鼓……。

澤田 これがまた悲しい音でね。たまらなく惨めな気持ちになって。でもこれって僕らが悪いんじゃなくてスポーツのほうが悪いんじゃないか? こんな思いをさせるなんて、スポーツってずいぶん意地悪じゃないかって思ったの。福祉には「医療モデル」と「社会モデル」っていう考え方があるんですよ。医療モデルは自分に責任がある、社会モデルは社会に責任があるという考え方。スポーツを社会モデルで考えると、どう考えてもスポーツの方が悪い。それで、僕らができるスポーツをつくろうと、天命のようにそう思ったんです。やり始めたら、それが楽しくて。実は体育が苦手だっただけで、身体を動かすこと自体は嫌いじゃなかったんだとそこで気がつきました。それから息子ともよく一緒に身体を動かすようになったんです。

岸田 そのほうがいいですよね。スポーツしてる人たちをキッと睨んで生きていくより、愛せるところを探したほうがいい。

澤田 そうなんですよ。今日も持ってきたんですけど、これが「泣くボール」。ベビーバスケという競技で使うもので、プレイに熱中して、激しくボールを扱うと泣いちゃうんです。もちろん、泣いたら相手ボール。バスケが得意な人たちを打ち破りたい一心で、慎重派こそ勝つという設定でつくった競技ですね。

岸田 口からすらすら出てくる言葉のひとつひとつから、スポーツが得意な人々へのコンプレックスがあふれ出てますけどね(笑)。

澤田 できる人への憎悪は消えないですからね(笑)。それでこっちが、ブラックホール卓球。ラケットの中央に穴が開いてるから、ど真ん中で打つ訓練を重ねている選手たちはどんどん空振りしちゃう。僕らみたいなランダムに打つ素人のほうが当たる率が高いんですよ。経験者のほうが不利になる。そうやって楽しい逆襲をしてるんです。

岸田 なるほど(笑)。

澤田 同時にこれは「ミスをすると褒められるスポーツ」でもあるんですよ。ボールがスポッときれいに穴を通過したら、「ナイスホール!」とみんなから大喝采を浴びせられる。妙に嬉しくなっちゃうゲームなんです。そうやって、状況を変えていきたかった。新しい勝ち方とか、楽しさをつくっていきたかった。社会から迫害されていると思いながら生きていくのは嫌だったし、何かで吐き出したいと思って。僕の場合はそれが、スポーツだったんですね。

岸田 すごくいい手だと思います。それにしても、「悔しいな」とは思うけど、自分でルールまでつくっちゃうってすごいですよね。その行動力はいったいどこから?

澤田 本当に悔しい思いをたくさんしてきたから! そのうちのひとつが、小学生のときの同級生の高橋くんの記憶。足が速くて、それはそれはモテていた……。

岸田 かわいそうな、高橋くん。名指しで言われちゃってね。

澤田 もう二八年ぐらい会ってないですけど。

岸田 見ているかな? 高橋くん。

澤田 絶対見てない(笑)。

岸田 まあ、高橋くんは悪くないんですけど。決められたルールの中で誰より頑張った結果だし。だから、高橋くんへのコンプレックスというより、澤田さんの、自分自身への「許せなさ」みたいなものなんじゃないですか。

澤田 いや、はい。そうですね。

岸田 自分へのコンプレックスだから、乗り越えようとした。自分を好きになるためにルールをいちからつくったり、仲間を集めて新しいスポーツをやったり、それはすごくポジティブなことだと思う。

澤田 そうですね。あと良かったのは、同じように「自分はスポーツが苦手」と思ってる人がいっぱいいたということなんですよ。文科省のスポーツ実施率を見ると、だいたい四五%の日本人が日常的に運動していない。そういう鬱屈を抱えていた人が、繋がれるようになったから、おかげさまでゆるスポーツはムーブメントになりつつあるんだと思う。

岸田 それ、すごくわかります。

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