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岸田奈美×澤田智洋「できないことが、あなたを救う。いじわるな毎日を生き延びるための思考法」

岸田奈美×澤田智洋「できないことが、あなたを救う。いじわるな毎日を生き延びるための思考法」

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

別冊文藝春秋LIVE TALK vol.3[ダイジェス ト]

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

毎日いろんなことがありすぎる。だからこそ、心が折れてしまわないように、頭も身体もゆるめたい。

《できない》に宿るその人らしさを発見することでそれを実現し、自分も家族もまわりの人たちもしあわせにしてきたおふたりの思考法について、たっぷり語っていただきます。

※本対談は2020年11月4日にTwitterライブ&Zoomウェビナーにて配信したものを再構成したものです。
動画はコチラ→https://www.youtube.com/watch?v=JjTS0-Pq24k&feature=youtu.be


人生にもう一度、色をつける

岸田 澤田さんも私も、初めての本が出たばかりなんですよね。しかし、私の本のタイトル『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』、これが覚えられない方が続出していましてね。

澤田 ほほう(笑)。

岸田 ありがたいことに、新聞記事とか広告を見たおじいちゃんおばあちゃんが書店で「阿川佐和子さんの本、ください」とか(注:帯に阿川さんが推薦文を寄せられている)、「『愛していると言ってくれ』をください」とか、すごい角度からお求めくださっていると。

澤田 ほぼ正解ですけどね。

岸田 そうね(笑)。

澤田 岸田さんといえば、note(注:ブログサービス)でおもしろいエッセイを書く人として有名でしたが、ご家族の話をはじめ、そこで人気だったエッセイがこの本に収録されているんですよね。

岸田 だいぶ書き直しましたけどね。でもそれは、縦書きの本としてリズムを直したり、体裁面で頑張っただけで、ぶちまけるようにnoteに綴った体験記をベースにした本ではあります。なにしろ私は、中学生のときに父が急逝したり、その後、母が車いすユーザーになったり、「一生に一度しか起こらないような出来事が、なぜだか何度も起きてしまう」という運命のもとに生きているので、書くことはいくらでもあるんです。

澤田 僕は「世界ゆるスポーツ協会」という、新しいスポーツをつくる団体の代表をやっています。五年ぐらい活動していて、これまでにイモムシラグビーや顔借競争など九〇種類ぐらいのスポーツをつくりました。その体験や、根底にある思考について書いたのがこの『ガチガチの世界をゆるめる』という本です。

 僕の場合は、根っこに「社会をゆるめたい」という気持ちがあるんですよね。それは自分が「生きづらさ」に翻弄されてきたからで、たとえば息子に視覚障害があるとか、僕自身が帰国子女だったとか、病的に足が遅いとか、そういうことに直面したときに、世界ってガチガチだなと思うことが多かった。どうにかそれをゆるめていけないかなと、いろいろ実践してみたらすごく楽になったというお話を綴っています。

岸田 はい。さっそくですけど、私、普段はもう少しテンションが高いんですよ。今日は完全に、澤田さんのゆるさに持っていかれているんですよね。

澤田 いつもどんな感じなんですか。

岸田 「どうもどうも! 岸田でーす!」みたいな。出囃子的な感じで。

澤田 今日の岸田さん、ちょうどいいですけどね。

岸田 ちょうどいいですか? じゃ、このテンションで。やっぱ低いほうに合わせたほうがいいと思うので。

澤田 低いほう(笑)。なんか、申し訳ない気持ちになってきた。

岸田 いえいえ。ゆるいほうに合わせる。これ、大事。ゆるいほうに合わせたほうが人生は楽しいです。

澤田 なるほど。岸田さんの最近の活動って、書くことと行動すること、あと話すこと。どういう割合なんですか。

岸田 どういう割合だろうな。まず、noteで週に一、二本書く。日記とか、誰かにインタビューしに行ったこととか。直近だと、一一月末に「キナリ読書フェス」っていう読書感想文のお祭りイベントをやるのでその準備とか、課題図書のひとつが宮沢賢治さんの『銀河鉄道の夜』だから、その前に賢治さんのふるさと、岩手県花巻市に行ってみたり。あと、最近ラジオに呼んでもらえるようになったんですけど、私、ずっと喋っちゃうから、短く喋る練習をしようと思って、TikTokも始めたんです。

澤田 それこそ、宮沢賢治的ですね。賢治って教師もすれば、星の研究も、それから詩人だってやっていたでしょう。

岸田 やめてください、ファンのみなさんから怒られる(笑)。そう言っていただけるのはすごくうれしいですけど。

澤田 でも宮沢賢治は「芸術をもてあの灰色の労働を燃せ」と『農民芸術概論』でも書いているし、岸田さんもまさにそういう感じじゃないですか。

岸田 あっ、それはうれしい。

澤田 なんか労働や仕事という言葉には灰色な雰囲気が漂っているけれども、岸田さんがやっていることはそうじゃない。そうなるに至ったのには、理由があるんですよね。

岸田 やっぱり人生でいろいろあったからですよね。さっきも言いましたけど、中学二年生のときに経営者だった父が亡くなったんです。心筋梗塞で、ある日突然。私は父が大好きで、でも前日大喧嘩したところで。それを謝ることもできなかった。そのまま高校生になってすぐ、今度は母が倒れたんです。大動脈解離で手術して。手術の同意書に祖母と一緒にサインしたのは私でした。結局、手術の後遺症で、母は歩けなくなってしまった。家に残されたのは、高齢の祖母と四歳下のダウン症の弟と私。

 なんであのときあんなふうに言っちゃったんだろうとか、もっと別の道があったんじゃないかとか、その後もずっと考え続けていて。それで、エッセイを書き始めたんですよ。灰色っぽい過去の中にも、愉快な人はいたし、楽しいこともあった。その気持ちは本物なので、それを書いておきたい。何度も思い出せるように記録しておきたいって。だから、いま、自分のいままでの人生を再編集しているようなものなんです。

澤田 灰色って実は近づいて見るといろんな色で構成されていますもんね。岸田さんが言わんとしていること、僕もすっごくわかります。僕も三二歳のときに一回、世界がグレーになって。息子が生まれて、目が見えないって発覚したとき。落ち込んで、でも、目が見えないってどういうことだろう、どんな人生なんだろうってクローズアップしていったら、視覚障害者の、すごく豊かで面白い人生が見えてきた。息子をきっかけに友だちになった人なんて、このあいだも、パリジャン気分で意気揚々とペリエのボトル買って帰ってベランダで飲もうとしたら、奥さんから「なんでポン酢持ってるの?」って不思議そうに訊かれたって。

岸田 形が似てるからね(笑)。

澤田 そういうのも楽しんで生きてる。勝手に視覚障害者の世界がグレーだと思っていたけど、違うんですよ。すごくカラフル。でもそういうふうに、視点を変えるって、すんなりできるものでもないですよね。

岸田 そうそう。実は不幸にどっぷり浸かっていた時期もあるんですよ。もちろん悪気はないんだけど、学校とかで先生から「岸田さん家は大変だから、みんなでサポートしてあげましょう」とか言われて。そのうち、自分でも「うちって大変なんだな」と思い込んじゃった。でも、よく考えたら、亡くなったってお父さんのことめちゃくちゃ好きだし、お母さんのことも、弟のことも大好きで、私、全然不幸じゃないじゃんって。だいたい、弟はね、私より友だち多いんですよ。

澤田 そうそう、本に書いてあった!

岸田 私より普通に、人気者なの。それに気づいて、ハッと「この不幸のお風呂、出てもいいんだ」って。浸かってなくてもいいんだって思った。だから、「大変だね」じゃなくてもっと、本当は誰かに言ってほしかったことを自分で書き始めた感じ。

 でも、だから、澤田さんが本にも書いてた息子さんの障害を知って世界が灰色になったという話もよくわかったんです。うちの母もダウン症の弟が生まれたとき、そうだったって。

澤田 同じですよね、きっとね。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版35号(2021年1月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年12月18日

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