- 2021.01.09
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2020年の傑作ミステリーはこれだ!【海外編】 <編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2020年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
【華文ミステリーの注目作家たち】
司会 では、『網内人』(文藝春秋)が話題を呼んでいる陳浩基さんに話を進めましょう。陳さんは香港在住のミステリー作家で、3年前に翻訳された『13・67』が香港発の本格警察小説として日本でも大ヒットしました。今回の『網内人』も香港を舞台にしたミステリーですが、担当のAさん、いかがですか。
A 内容を簡単に紹介しますと、お姉さんと2人暮らしをしていた女子中学生が、ある日突然、飛び降り自殺をしてしまうんですね。お姉さんが調べると、どうやら妹はネットで誹謗中傷を受けていた。というのも彼女は少し前に痴漢事件にあい、犯人の男は刑務所に入ったものの、それが実は痴漢冤罪だと、犯人の甥を名乗る人物から告発がなされていたんです。告発によって妹は炎上し、ネットリンチにさらされて死んだのだ、妹を死に追いやったこの甥を探そう――こうお姉さんは考えるのですが、犯人に甥などいないことが判明します。では告発をしたのはいったい誰? この「甥」の正体は? という謎が物語を引っ張っていきます。お姉さんはIT専門の探偵アニエに調査を依頼するのですが、このアニエのキャラクターがまた非常に魅力的に描かれてるんですね。
陳さんはもともと計算機科学を専攻した理系の人で、自身がネット方面に詳しく、どういう手段で匿名の告発者にたどりつくのか、アニエの調査を通じて技術的なプロセスをわかりやすく、詳しく書いていくのも読みどころです。「アルセーヌ・ルパンが大好き」とあとがきにも書いているように、陳さんは、いうなればネット世界における怪盗ルパン的なハッカー探偵を本書で創造してみせた。前半からさりげなく埋め込んである布石が後半で次々と生きるミステリー技術もしっかりしていますし、最後に大きな驚きも仕掛けられています。
司会 謎解きを楽しめるのはもちろんですが、調査の過程を通して浮かび上がってくる香港の学校生活とか、流行、ふだんの暮らしなど細やかなディテールも興味深かった。陳さんの活躍で、華文ミステリー(中国語で書かれたミステリー)の認知度は一気に上がり、『三体』に代表される中国圏のSFとともに、いまもっとも注目が集まっているジャンルといえるかもしれません。
A そういう意味では、同じく2020年の話題作、周浩暉さん『死亡通知書 暗黒者』(ハヤカワポケットミステリ)とあわせて読んでもらうのが一番かなと思いますね。周さんは「中国の東野圭吾」ともいわれるベストセラー作家。本書は、周さんのメインシリーズ「死亡通知書」の第1作目なので、ぜひチェックしてほしいです。
華文の作家には、陳浩基さんのように日本文化が大好きで、新本格ミステリーの影響を受けて創作を始めた方が多いんです。北京出身の陸秋槎さん(『元年春之祭』、『雪が白いとき、かつそのときに限り』など。金沢市在住)も、新本格、日本のサブカルチャーに親しんで小説を書いています。
いっぽう周浩暉さんにはあまり日本のサブカルチャーの影響がうかがえない。むしろ、アメリカの映像作品の影響が大きいんじゃないかと見ています。『死亡通知書 暗黒者』も、殺人を予告し、実行していく謎の犯人「エウメニデス」と警察との知恵比べが繰り広げられる派手な筋立てで、とくに印象的なのが導入部のエピソードです。仕掛けられた爆弾を解除するために赤い線を切るか青い線を切るか――アメリカの映画やドラマで散々扱われてきたモチーフで、犯人と刑事との対決を演出する。「24」のような海外ドラマは1話ごとに急展開があって、思わず次を見たくなる「引き」で視聴者を煽るじゃないですか。そういう手法のノンストップエンタメを、中国を舞台に展開していくのが周さんの特徴。陳浩基さんに比べるとテーマ性とか社会派的な視点は薄めですが、現代中国の雰囲気をヴィヴィッドに伝える書き手であり、作品だと思いますね。
もう1人、2019年に刊行された『知能犯之罠』などの「官僚謀殺」シリーズが人気の紫金陳さんも、周さんと並ぶ中国の人気作家なのですが、紫さんの作品には必ずといっていいほど監視カメラが出てきます。監視カメラの目をかいくぐらないと完全犯罪はありえないというのが、現在の中国では常識になっているわけです。中国政府が進めている高度監視社会が背景として反映されていて、こちらも注目の作家です。香港の陳さんだけでなく、中国の書き手もぜひ読んでいただきたいということで、入り口として『死亡通知書』をおすすめします。