- 2021.01.09
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2020年の傑作ミステリーはこれだ!【海外編】 <編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2020年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
【これだけは話しておきたい! 偏愛おすすめ作品】
N もう1つ、僕から強くおすすめしておきたいのが、C・J・チューダー『アニーはどこにいった』(文藝春秋)です。
司会 2018年、デビュー作『白墨人形』が話題になった作家ですね。
N 著者はスティーヴン・キングの大ファンで、『IT』のオマージュとして書いた『白墨人形』は、『IT』さながらに、現在と主人公の子ども時代とが並行して進んでいく話でした。今回の『アニーはどこにいった』も同じ構造をとっているほか、さらに『IT』とは違う、キングの有名な初期長編のとある趣向が用いられている点も読みどころです。
主人公はさえないハイスクールの男性教師。彼のところにある日、「妹になにがあったか知っている。同じことが起きようとしている」と、過去をほのめかすメールが届きます。そこで彼は何十年ぶりかに故郷に戻って、ハイスクールで教える傍ら、昔の忌まわしい記憶をもう一度探ろうとするんですね。故郷のハイスクールには教職の空きがあり、主人公はすぐ職をえられるわけですが、なぜ空きができたかというと、前任の女性教師がある日、自分の息子をショットガンで射殺し、血文字で「息子じゃない」と記して自殺したから。しかも主人公は、その事故物件に住み始めるんです。
ところがこの主人公は、過去、自分の妹に何が起きたかをなかなか明かさない。故郷の町は本当に何もない田舎なんですけど、町外れに元鉱山があって炭坑がある。そこに昔、主人公は悪友たちと一緒になってよせばいいのに妹を連れて行き、「なにか」が起きたらしい。そのときの悪友のボスが、現在、この町で議員をやっていて、そのドラ息子が主人公の教えるハイスクールに通っている……。過去と現在、2つの時代の話が語られながら、じわじわと嫌な感じが高まっていくんですね。
ミステリー的なサプライズが当然最後にあるわけですけど、突き詰めると「あれ」は実際にあった出来事なのか、それとも超自然的な出来事なのか、どっちだろう? と両様に解釈できる余地を残している。カーの『火刑法廷』のよう――といってしまってよいかどうかわかりませんが、ホラーとミステリーをうまく融合させていて、これは2020年の収穫だと思いますね。
司会 Aさんから、華文以外のおすすめはありますか?
A 僕も「これだけは!」とおすすめしたい作品を1つ。ポール・アルテの『殺人七不思議』(行舟文化)です。名探偵オーウェン・バーンズが活躍するシリーズで、2年前に刊行された同シリーズの『あやかしの裏通り』はミステリーファンから評価が高かったので、読んだ方もいるかもしれません。
バーンズは20世紀初頭のロンドンを舞台に活躍する美学者兼名探偵。意外な犯人像に驚かされる正統派の『あやかしの裏通り』に対して、今回の『殺人七不思議』は、話のガジェットがあまりにバカバカしくて楽しく、何より僕の大好きな「見立て殺人」モノということで、力強くおすすめできたらと思っています。
バビロンの空中庭園、アレクサンドリアの大灯台、エフェソスのアルテミス宮殿など、古代世界の「七不思議」ってありますよね。それらに見立てた殺人事件――灯台守が灯台内部の密室で突然燃えあがって焼死するとか、衆人環視のもと空中から飛んできた矢に射貫かれて人が死ぬとか、とにかくムチャクチャな不可能犯罪が続発し、すべてに一応きちんとした謎解きがなされます。容疑者が少ないのに7件も殺人が続くから、何となく犯人の見当はついちゃうんですけれど、見立てのド派手さ、凝りに凝った不可能犯罪を作り上げる力業に感服します。とにかく面白い「ザ・本格ミステリー」ということで、ぜひ推薦したい!
司会 ありがとうございます。話は尽きませんが、そろそろ締めにいきましょう。国内、海外ともにバラエティに富んだ傑作、力作が目白押しでした。
A 国内のベストテンの結果だけ眺めると、この何年かでどんどん顔ぶれが変わってきたなと感じます。2020年は、辻真先さんという大ベテラン、久しぶりのシリーズ続編を出した綾辻さんを別にして、いわゆる中堅、おなじみの常連が入っていない。逆に、一昔前なら「マニアックすぎる」と言われそうな作風の新鋭がしのぎを削っていますね。
司会 今回、触れられませんでしたけれども、五十嵐律人さんのメフィスト賞受賞作『法廷遊戯』(講談社)もメチャクチャ面白いリーガルサスペンスでした。早くも第2作『不可逆少年』の刊行が控えていて、2021年の台風の目になりそうです。
N 海外のランキングでは、はっきり文芸的なものが増えていますね。先ほど話した作品のほか、イーアン・ペアーズ『指差す標識の事例』(創元推理文庫)も非常に文芸的な技巧の凝らされた、それでいて大変面白い歴史ミステリーですし、週刊文春ベスト10の10位に入っているローラン・ビネ『言語の七番目の機能』(東京創元社)に至っては明らかに現代文学です。いっぽうでホロヴィッツやポール・アルテのような名探偵モノがあり、エンタメ代表としてディーヴァーがいて、加えて華文ミステリーにも勢いがあって……。
あ! 最後の最後にもう1冊、すべり込みで、M・W・クレイヴン『ストーンサークルの殺人』(ハヤカワ・ミステリ文庫)も紹介させてください。イギリスの片田舎にあるストーンサークル(環状に石が並ぶ古代遺跡)で次々に老人が焼き殺される事件が起き、そこに一匹狼の刑事が捜査に乗り出す――というあらすじだけ聞くと、ありがちな猟奇殺人の刑事モノかと思われるかもしれませんが、非常に楽しく軽快な読み味で楽しめました。
直感を頼りに無茶する刑事に、コンピュータの天才だけど空気のよめない若い警官が相棒としてつく、この男女コンビがとてもいい。また刑事モノってたいがい嫌な上司が出てきて主人公の邪魔をしがちなんですけど、本書の上司は、ブーブー文句を言うものの捜査には介入しない。しょっちゅう迷惑をかけられてる隣の警察署の連中も主人公たちを妨害しない。だから不必要なプロットの遅延がなく、ストレスフリーに読み進めていける。読んでいて「気持ちいい!」と思えるミステリーですね。文芸的な作品は、読後感が重くなりすぎる傾向がなきにしもあらずで、重厚であることのよさも認めつつ、こういうのも楽しいよ、と、おすすめしたくなる1冊です。
司会 では、今回はこんなところで。新型コロナに負けず、たくさんミステリーを読みましょう! 次回は2021年の夏休みに集まりたいと思います。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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