- 2021.01.09
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2020年の傑作ミステリーはこれだ!【海外編】 <編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2020年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
【現代アメリカの宿痾を予言】
N ジェンダーの文脈でぜひとも紹介しておきたい作品が、マーガレット・アトウッド『誓願』(早川書房)です。アトウッド自身はいわゆる純文学系の作家なんですけども、まず1985年に『誓願』の前日譚となる『侍女の物語』を書いていて、これ、発表当時よりもいま読んだほうが恐ろしいディストピアSF小説なんですよ。キリスト教原理主義者がクーデターによって合衆国政府から政権を奪い、東海岸に「ギレアデ共和国」を建国したという設定で、いわばキリスト教的な価値観を極端に走らせた宗教国家の物語。そもそもアメリカは宗教国家のような側面があります。
ギレアデがどういう国かというと、女性からありとあらゆる人権を剥奪し、世の中のすべてを男が担う。女性は家事をする機械とされ、名前も基本的人権もぜんぶ奪われちゃうんですね。『侍女の物語』は、そのギレアデで「産む機械」と見なされてる「侍女」を主人公とし、彼女の視点で非常に窒息的な世界を描きだしてゆきます。名前を奪われた彼女は「オブフレッド」と呼ばれていて、要はフレッドという男が主人なので、「フレッドのもの」(Of Fred)というわけです。この作品が2017年、アメリカでTVドラマのシリーズ「The Handmaid's Tale」となって、大ヒットしまして。
K 日本ではHuluで観られますね。ドラマもエリザベス・モスの名演とダークな映像美を堪能できる傑作です。
N おそらくその世界的なヒットを受け、アトウッドは続編となる『誓願』を書いたと思うんです。彼女が『誓願』の主人公に据えたのは3人の女性で、1人はアメリカ合衆国時代に判事をしていたエリート女性。ギレアデ統治下で女性の権利が剥奪されてゆくのを目の当たりにした人物なわけですが、表向きは体制に逆らわず、優秀な女性指導者の地位を得ている。もう1人は、ギレアデの司令官の養女としてわりと恵まれた環境に育っている女の子。彼女はまもなく親の決めた年の離れた男と結婚させられようとしています。さらにもう1人はカナダに住み、ギレアデに関わる重大な秘密を知っている女の子です。
『侍女の物語』がひたすら抑圧されたミクロな1人の視点によって、手探り状態で異世界を描いていくのに比べ、本書は3人の、しかもさまざまな立場の視点で世界を俯瞰し、かつ外国の住民もいるので、ある種、風通しのよい読み口を楽しめます。内容的にも、ギレアデを転覆させようとする陰謀の話が出てきたりして、いわゆるスパイ・スリラーの風味もあるんです。
司会 エンタメ色が強い?
N 強い。読みやすいし、これはもはやスリラーといってもいい。85年当時、『侍女の物語』がどのような文脈で読まれたか正確にはわかりませんが、今回、米大統領選挙のさなかに『侍女の物語』と『誓願』を読んで、「いまのアメリカがギレアデになってもまったく不思議でない」「うっかりすると世界中がこうなる」と妙にリアリティを感じたものです。当然、宗教国家アメリカ、キリスト教国アメリカの負の側面を意識して描かれていることは間違いないし、文学的なたたずまいの小説でありながら、たいへん面白く読むことができる。強くおすすめします。