- 2021.02.17
- 書評
キング初のミステリ三部作の正体?
文:三津田 信三 (ホラーミステリ作家)
『任務の終わり』(スティーヴン・キング)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
一作目『ミスター・メルセデス』は、職を求めて並んでいる人々の列にメルセデスで突っ込み、無差別に轢き殺す事件を皮切りに、「メルセデス・キラー」と名づけられた犯人とホッジズの対決を描く。ただし、早い段階から読者の前に犯人が素顔を見せるため、ミステリでは王道の「犯人は誰か」という謎はない。いや、そもそも本書には謎が、ほとんどないと言ってもよい。強いて挙げるとすれば「どうやって犯人は、鍵の掛かったメルセデスを盗んだのか」くらいか。全体の構成も、捜査側の活躍と犯人側の動きを交互に見せるもので、この手のサスペンス物では定番だろう。
しかしキング作品は、昔から定番のオンパレードだった。にも拘(かかわ)らず読者を夢中にさせる面白さがあるため、我々は彼に瞠目(どうもく)したのである。同じことが一作目にも言える。特に僕は一切の予備知識なしで読んだので、最初の章に於いて求職者たちの列にメルセデスが突っ込んでくるシーンは、ちょっと度肝を抜かれた。これで一気に本書にのめり込めたことを、大変よく覚えている。
また主人公のホッジズよりも、彼の年下の友人である高校生のジェローム、メルセデスを盗まれて自殺した女性の姪で精神的に不安定なホリーなど、相変わらず脇役の描き方が魅力的で上手い。そして犯人がジェロームの犬に与えるために用意した毒入りの肉を、彼の母親が誤って食べてしまう場面など、「さすがキング」と思えるエピソードが随所にある。それは犯人との最終的な対決の仕方にも、非常によく表れている。
二作目『ファインダーズ・キーパーズ』は前半、二人の視点で物語が交互に進む。一人目はモリスという犯罪者で、大人気の三部作を書いただけで田舎に引っ込んだ作家を襲い、大金と新作が書かれたノートを強奪するものの、酒でブラックアウトを起こした結果、女性に乱暴して無期懲役の刑に服す羽目になる。その前にお宝を某所に埋めて隠した彼は、それを掘り出すことだけを考えて刑期を務める。二人目はピーターという少年で、かつてのモリスの家に何も知らぬまま家族と共に住んでいる。彼の父親はメルセデス事件の被害者で、重度の障害が残っていた。一家の生活が苦しい中で、彼は偶然にもモリスが隠したお宝を見つけてしまう。
このモリスとピーターのパートが、とにかく無茶苦茶に面白い。これぞ「キングにしか書けない問答無用のサスペンス」と言わんばかりの出来栄えである。そのためホリーと二人で「ファインダーズ・キーパーズ探偵社」を立ち上げたホッジズが出てくる後半は、個人的にはテンションが下がってしまった。
犯罪者と少年の物語と同じくらい、同書で気になったパートがある。脳に障害を負って脳神経外傷専門クリニックに入院しているメルセデス・キラーを、ホッジズが何度も訪ねるところだ。ちなみに元刑事は、罪を逃れるために重症患者の振りをしているのではないか、と犯人の演技を疑っている。しかし読者は、犯人が脳の怪我により何らかの超能力を得たのかもしれない、という仄(ほの)めかしをキングにされるので、次作への期待が大いに膨らむ。この辺りの匙(さじ)加減が、やはりキングは絶妙である。
そして三作目『任務の終わり』は、再びホッジズ対メルセデス・キラーの物語になる。ただし今回の犯人は超常的な手段を使うため、前二作のミステリとは明らかに違うホラーサスペンスになっている。その萌芽は二作目の中で、クリニックのシーンによって確かに描かれているのだが、あくまでも匂わせる程度に過ぎなかった。それが三作目のメインのお話になると分かった時点で、「さすがキングだ」と歓喜するか、「やっぱりキングか」と落胆するかで、本書の評価も変わってくる気がする。
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