- 2021.02.17
- 書評
キング初のミステリ三部作の正体?
文:三津田 信三 (ホラーミステリ作家)
『任務の終わり』(スティーヴン・キング)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
僕がこのホラー設定で強く感じたのは、キングが大好きな映画の影響である。
まず二作目で描かれたメルセデス・キラーの有様から、映画「ハロウィン」(アメリカ/一九七八)のマイケル・マイヤーズと、映画「パトリック」(オーストラリア/同)のパトリックを連想した。「ハロウィン」は子供のとき実姉を刃物で刺し殺し、以来ずっと精神病院に入っている男が、十五年後のハロウィンの夜に逃げ出して無差別連続殺人事件を起こす話である。このマイケルの目を覗き込んだ精神科医が、そこに純粋な悪を感知する。「パトリック」は母親殺しのショックで植物人間になったパトリックが、収容されている病院で寝ながらにして超常的な力を身につける話である。
そして三作目に登場するメルセデス・キラーを読んで、今度は映画「ヒドゥン」(アメリカ/一九八七)を思い浮かべた。この作品では異星生物が人間から人間へ転移する恐怖と、それを追うFBI捜査官とロス市警の刑事の活躍が描かれている。
ホラー映画好きなキングは、この三作を恐らく観ているに違いない。だから彼が真似をしたと指摘したいわけではない。キング作品が定番の設定を用いるのは、先述したように珍しくはない。ただし「にも拘らずキングにしか書けない面白さがあり、予定調和の展開を軽く超えてくる物語を書く」という点に、何よりも読者は歓喜するのだが、それが本作の場合は良くも悪くも既存のホラー映画の世界に、やや引きずられ過ぎた感じがあった。
こうして振り返ると、「キング初のミステリ三部作」の歪(いびつ)さが、はっきりと浮かび上がってくる。一作目はハードボイルド風のミステリ、二作目はキングらしい犯罪とサスペンスの物語、三作目はホラー映画のようなお話で、しかも一作目の完全な続編が三作目であり、仮に二作目を抜き去っても――むしろ二作目がない方が――ホッジズ対メルセデス・キラーの前後編として立派に成り立つのである。
とはいえ一作目と三作目の作品世界を直(じか)に繋ぐことは、如何にキングと雖(いえど)も危険があった。前者の現実的な世界観に比して、後者では超常現象が当たり前のように存在するからだ。そこで間に二作目を入れたのではないか。
つまりキング初のミステリ三部作とは、三部作に見せ掛けた「二部作」だったのではないだろうか。しかもキングらしからぬハードボイルド風のミステリと思わせておいて、それが結局お得意のホラーへと転じる。そんな仕掛けである。
一作目のミステリから三作目のホラーへの大胆な転換は、前者のラストで見せた満員のコンサート会場の爆破という大規模な犯罪計画よりも、より派手で救いのない大量殺人をメルセデス・キラーに画策させるためではなかったか。でも、それを現実的に考えた場合、どうしても爆発物の使用といった似たアイデアになってしまう。かといって細菌などを扱わせる計画は、あの犯人には適用できない。そこで犯罪計画に一層の飛躍を齎(もたら)すために、キングは馴染みのあるホラー設定にしたのではないか。そんな風に僕は睨んでいる。
この全てを構想の段階から思い描いていたのか、それとも実際に書き出してから考えついたのか、もちろん僕には分からない。しかしホラー小説界の大御所になっても、まだまだ新しい試みに挑むスティーヴン・キングは、やっぱり凄い作家だと言わざるを得ない――と、僕は三部作の読後に改めて感じたのである。
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