- 2021.03.16
- 書評
犯罪エンタメの帝王、会心の一作! ~ジェフリー・ディーヴァー、再入門~
文:阿津川 辰海 (小説家)
『オクトーバー・リスト』(ジェフリー・ディーヴァー)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
時間軸の短さという点で、かなり近いのは『メメント』だが、あの作品では、逆行する構成(通常のカラー映像)と、順行で語られる場面(白黒の画面)が交互に挿入されるのがミソになっており、純粋に逆行「だけ」で話を駆動している『オクトーバー・リスト』はその点でもかなり特異である。また、『メメント』では、主人公の前向性健忘という設定が実に便利に効いている。主人公の記憶のリセットタイミングが逆行の始点、終点となっているし、その記憶がリセットされることが、一から状況を把握するための説明セリフを差し込むエクスキューズにさえなっているのだ。しかし、本書にはそうした「逃げ道」すら用意されていないのだ。信じられないほどストイックである。
そんな気合の入った趣向であるが、その趣向だけでは、当然面白くならない。私も読んでいる時、「その構成で果たして魅力あるどんでん返しが作れるのだろうか?」と不安が兆(きざ)したことは告白しておかねばならないだろう。
ところが、それは完全な杞憂(きゆう)だった。
なぜなら、ジェフリー・ディーヴァーには「二つの武器」があるからだ。
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本書は、日本のディーヴァー紹介に新たな追い風をもたらす傑作である。
“最初に”結論を言い切ってしまおう。本書は、「逆向きに語られる長編小説」という趣向を大胆に採用し、しかもそれによって一流のどんでん返しを作り上げて見せた稀有な犯罪小説だ。ディーヴァーの中でも短めの長編になるが、どんでん返しの衝撃度では、史上トップクラスだ。
そして、特異な構成を選び取ったからこそ、逆説的に、ディーヴァーの魅力がまっすぐに表れていると言える。犯罪エンタメの帝王と呼ぶにふさわしいこの作家が一貫して貫いている「二つの武器」の魅力を語り直すのに、本書はうってつけの作品だろう。本稿では、まず「逆行する」というアイデアの先例について検討したうえで、「二つの武器」の魅力を整理してみる。
この「序文」は、ディーヴァーという作家がこれほど面白いのはなぜなのか、という話にもなるのではないかと思う。表題を「再入門」としたのはこのためだ。
そうしてこの作品の凄みを理解した時、私があの句を“冒頭に”置いたことの意味と、私がディーヴァーに捧げた敬意を、理解してもらえるものと信じている。
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「わたしは初めであり、わたしは終わりである」
――『イザヤ書第四十四章六節』
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