物語が展開される架空のスモールタウンの名前はアンダーベリー(Anderbury)。ソールズベリーがモデルになっているらしいが、Anderbury は Underbelly を連想させる。すなわち、「臍した三寸、下腹部」である。本書ではキャラクターたちが名言を数多く発するが、そのひとつが「秘密ってのは、ケツの穴と同じだ……誰でも持ってて、汚さにちがいがあるだけだ」。ズバリ、そういうことだ。大人はもちろんのこと、子供にも「ケツの穴」はある。そういえば、キングはかつて、自分が清貧時代を過ごしたハーモント地区(『IT』の架空の町デリーのモデルでもある)を「宇宙の肛門」と称して地元住民の顰蹙をかったことがある。スモールタウンもまた「ケツの穴」の寄せ集めでできているのだ。
純粋無垢が邪悪と紙一重ならば、過剰な正義もまた悪意に満ちた裁きとなりえる。本書のタイトル『白墨人形』The Chalk Man の Chalk は Choke に連なる。つまり、「首を絞めて窒息させる」、The Chalk Man 白墨人形は The Choke Man 絞首刑人だ。原書(Penguin Books 版)のカバー・イラストはそういうことである(興味のある方はネット検索してご覧になってください)。一九三〇年代にアメリカ全土を震撼させた白人による黒人に対するリンチ事件――〈奇妙な果実〉を彷彿させる。それもまた誤った過剰な正義である。作者によれば当初、タイトルは Man ではなく複数形の Men だったという。スモールタウンの住民たち、すなわちキャラクター全員を意味しているようで興味深い。
ミステリー仕掛けの作品の解説で踏み込んだ物語分析はご法度だ。ようするに本書は、キングなみに内なる闇を描いて秀逸であるということ。しかも、語り口が滅法うまい。ことに過去と現在を並行して語るさいのつなぎのクリフハンガーぶりには脱帽。カットバック、フラッシュフォワード、フラッシュバックの手法を自在に駆使してページを繰る手を片時も止まらせない。
事件が徐々に明確な輪郭をとっていく過程、および一見バラバラの事象をゴールに向かって収斂させていく手妻、そしてラストを皮肉な余韻で結ぶあたりは、かなりのプロッター(アウトライン派)である。と思ったら、本人の弁ではパンツァー(非アウトライン派)であるとのこと。さすがに犯人だけは最初に決めておくが、あとの展開は出たとこ勝負。キャラクターが勝手に発言したり行動したりするままに筆を走らせるらしい。ほとんど自動筆記。「だって、ロードマップがある旅なんてつまらないでしょ」ということのようだ。そうした創作作法もキングと同じ。天性の語り部である。
二〇一九年刊行の第二作『アニーはどこにいった』は、さらに語り=騙りが巧妙になっており、スーパーナチュラル・ホラーにしてミステリーの度合いが進化している。文字通りの〈幻想ミステリー〉の傑作。しかも、今度はキングのあの傑作(そのタイトルを明かすとネタバレになりかねない)が下敷きになっている。
チューダーは年一冊のペースで作品を発表しており、第三作 The Other People (2020)に続いて、今年の二月には第四作 The Burning Girls が発売された。ともに翻訳されることが大いに期待される。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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