二十代のある時期、もっと文学作品を読まないといけないと思った。で、そうした。でも、しっくりこなかった。けっきょくキングに回帰し、その作品群の心地よい闇に迎え入れられた。キング以上に実に気さくで話し上手な作家はいない。
したがって驚くことではない。私はキングの影響をもろに受けている。いつだって私は人をゾッとさせる不快な話を作るのが好きだった。子供のときからずっと。しかし、キングの作品と出会ったからこそ、私は本当におぞましい世界の魅力に開眼したのだ。以来私は、その世界から一歩も足を踏み出していない。
私の『白墨人形』は、いろいろな面で、キングに対するオマージュ作品である」
といった具合に、熱烈なキング愛読者ぶりをアピールしているC・J・チューダーだが、遅まきながら、ここで経歴について述べておこう。といっても、たいして詳しいことはわかっていない。
そもそもなぜイニシャルなのか。作者に関する情報が皆無の状態で本書を読み終えた人は、C・J・チューダーをアメリカの男性作家と思うにちがいない。かく言うぼくもそのひとり。なにしろ、物語は一人称男性の語りで、アメリカン・ポップ・カルチャーに対する言及がちりばめられていて、かなりグロテスクな描写があるからだ。
かつて女性作家は匿名か男性名かイニシャルでしか作品を発表できない時代があった。たとえば十九世紀の文豪たち――ジェイン・オースティンは匿名、あるいはジョージ・エリオットやジョルジュ・サンドは男性名だ。同様にブロンテ姉妹も男性のペンネームで発表している。シャーロット・ブロンテはカラー・ベル、エミリー・ブロンテはエリス・ベルといったぐあいに。二十世紀になると、その傾向は男性読者が多数を占有するSFの分野でよくみられた。C・L・ムーア、C・J・チェリー、アンドレ・ノートン、ジェイムズ・ティプトリーJr.など。
では、作家C・J・チューダーの名にはジェンダー問題がからんでいるのか、と思いきや、女性である本人にそんな意識はなく、本名のキャロライン(ミドルネームのイニシャルJは不明)ではホラー作家としては弱く(あえてツッコミを入れると、これはジェンダー問題発言になりかねない)、愛称のキャズ(CAZ)では作家としては売れそうもない、というだけの理由らしい。
キャロライン・J・チューダーは英国ソールズベリーに一九七二年に生まれ(月日は不明)、ノッティンガムで育ち、現在もその地に夫と一人娘とともに暮らしている。地元のハイスクールを十六歳で中退。以降、ウエイトレス、店員、コピーライター、ラジオ番組のシナリオライター、テレビ番組の司会者(シガニー・ウィーバーやロビン・ウィリアムズ、ロバート・ダウニーJr.などにインタビューしている)、そして声優などさまざまな職業を体験。『白墨人形』を執筆中は犬の散歩代行業をしていた。
若いころから作家志望ではあったが、ティーンエイジャーのころから二十代にかけては遊び惚け、まともに執筆を始めるのは三十代半ばになってから。四十六歳のときの『白墨人形』がデビュー作なので、十年ほど習作時代を送ったことになる。高校時代に先生に「きみが外交官か作家にならなかったら、私は驚くね」と言われた言葉を励みにして、作家を夢見てからは三十年の歳月が費やされたわけだ。遅咲きである。
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