- 2021.07.23
- インタビュー・対談
「何が正解なのかわからない」コロナ禍で漏らした料理人たちの言葉
「週刊文春」編集部
著者は語る 『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』(井川 直子)
2020年春、東京では新型コロナによって、飲食店が窮地に立たされていた。4月以降、急激に増えたキャンセル。しかし都からの休業補償の話はまだない。補償もないまま自主休業するべきか、それとも赤字覚悟で営業するべきなのか。誰もが迷っているなか、ウェブサイト「note」で、「#何が正解なのかわからない」というハッシュタグをつけた連載が始まった。
執筆者は井川直子さん。雑誌「dancyu」や「食楽」に食と酒にまつわる連載を持つ文筆家だ。連載は、主に東京都内に店を持つ料理人たちが、1回目の緊急事態宣言下に何を考え、営業に関してどのような決断を下したかを取材するものだった。ほぼ毎日アップされる記事は話題を集め、『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』として書籍化されることになった。
「このコロナ禍に、書き手として何ができるだろうかと探していました。そんなとき、取材に訪れたレストランで、あるシェフが『ほかの人たちはどう考えているのかな』とぽつりと呟いたんです。その言葉を胸に考えていたら、『何が正解なのかわからない』というテーマが降ってきて。このテーマに向かっていけばいいんだと決心して、翌日から取材を始めました」
緊急事態宣言下ということもあり、取材は主に電話で行った。シェフたちの独白を、井川さんがひたすら聞く形になることが多かったという。
「深刻な時期だったので、なかには言葉が見つからず、声を詰まらせる方もいらっしゃいました。でも、じっと待っていると、必ず言葉が溢れてくる。話しているうちに、やるべきことがだんだんはっきりされてきている印象もありました」
完全休業、休業のち再開、テイクアウトのみ……シェフたちが下した決断は様々だ。しかし彼らの語ることに耳を傾けると、それぞれ何を大切にし、何を守りたいかが伝わってくる。そして、自分さえよければいい、という料理人は、本書のなかには見当たらない。厳しい状況のさなかでも、料理業界のこと、ひいては社会全体のことを考えるシェフたちの姿が印象的だ。
「私が取材したなかでは、スタッフを解雇した店はなかったんですよ。10月に行った追加取材で理由を尋ねると、料理人もサービススタッフも職人で、一人一人替えがきかないから、という答えでした。最近の飲食業界は本当に人材不足で、人を育てていくことが課題。あるシェフは『今、解雇したら、コロナが終息したときに誰も飲食業界に来てくれなくなってしまう。だから意地でも雇用を守る』とおっしゃっていました」
もともとは料理業界の人々にとって、道標(みちしるべ)になればと始めた連載だった。しかし、続けていくうちに「職業を超えて励まされる」という声が多く聞かれるようになったという。
「シェフたちが語ってくれたのは、とても本質的なこと。それぞれ、自分の仕事に置き換えられる部分があったのではないでしょうか。このコロナ禍で、自分の仕事が『不要不急』と言われ、考えこんでしまった人も多かったと思います。でも、芸術活動をはじめとして、『不急』ではあるかもしれないけれど、絶対に『不要』ではない仕事をされている方もたくさんいる。あとがきで紹介した、ワイン醸造家のジャン=マルクさんの言葉にもありますが、そういう仕事がもたらすのは、『魂』に必要なものなんですよね。この本に出てくる34人は、最後の最後まで、料理で人を幸せにすることを諦めない人たちです」
いかわなおこ/秋田県生まれ。文筆業。食と酒にまつわる「ひと」と「時代」をテーマにした取材、エッセイを執筆。ほかの著書に『イタリアに行ってコックになる』『シェフを「つづける」ということ』『昭和の店に惹かれる理由』『東京の美しい洋食屋』などがある。
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