小泉純一郎から安室奈美恵まで――平成育ちの歴史学者が描く、団塊からZ世代まで必読の日本の全貌
- 2021.08.04
- ためし読み
同時代史が描けない
青天の下の濃霧だ――。
平成期の日本社会をふり返るとき、それが最初に浮かぶ言葉です。
2019年の4月に幕を下ろした、平成という時代。どこか寂しさが漂っていたその終焉の風景すらも、いまは記憶が朧げになりつつあるところでしょうか。
改革の「不徹底」が停滞を招いたと悔やむ人がいる傍で、逆に「やりすぎ」が日本を壊したとこぼす人もいた。ネットメディアの普及が知性を劣化させたと咎める人の隣に、オールドメディアの持続こそが国民を無知にしていると苛立つ人がいた。
正反対の理由で、しかし共通に失望される不思議な――ある意味で「かわいそうな時代」として、現在進行形だったはずの平成は、過去になってゆきました。
昭和史(ないし戦後史)を語る場面であれば、私たちは自身が体験していないことも含めて、今日でもなお、共有されたイメージで話すことができます。悲惨な戦争と焦土からの復興、高度成長と負の側面としての公害、学生運動の高まりと衰退、マネーゲームとディスコに踊ったバブル……。美空ひばり・田中角栄・長嶋茂雄といった組みあわせを口にするとき、背後には「豊かさを目指してがむしゃらに駆けていったあのころ」のような、統一された時代像がおのずと浮かびます。
ところがより近い過去であるはずの「平成史」には、そうした前提がない。安室奈美恵と小泉純一郎と羽生結弦の3人を並べても、共通するひとつのストーリーを創ることはできそうにありません。
あるいは、「あの戦争」という言い方を考えてもよいでしょう。昭和史の文脈で「あの戦争」が指すものは自明ですが、平成史ではどうか。たとえば中東に限ってすら、90年代の湾岸戦争か、ゼロ年代のイラク戦争なのか、10年代のIS(イスラム国)との戦争を指すのか、ぴたりと言い当てることは至難ではないでしょうか。
まるで霧のなかに迷い込んだかのように、全体像を見渡しにくい時代。しかし奇妙なのは、空が晴れていることです。
たとえば安室さんのヒット曲は、ほぼすべてのビデオをYouTubeで見ることができます。1999年の第145回国会からインターネット中継が始まったおかげで、小泉政権以降の政治家の主要な発言は、大量のコピーがウェブ上に拡散しています。政治がオープンになり、文化がアーカイブされたいま、私たちはかつてなく「見晴らしのよい社会」に住んでいるはずなのです。
それなのに、共有できる同時代史が像を結ばない。こうした困難は、ふだん歴史をふり返ることのない人たちにとっても、日常に影を落としているように思います。
分断と画一化の併存
たとえばいま、社会の「分断」が進んでいるとされます。平成期に展開した雇用の自由化により、正規雇用者と非正規雇用者のあいだで生まれた経済的な格差は、やがて結婚できる/できない、子どもをつくれる/つくれない人びとの相違を作り出し、人生観や価値体系さえもが異なる文化的な断絶へと深まっていった。
インターネット上ではサイバーカスケード(=同じ嗜好のサイトにしか接続しない傾向)が進展し、異なる意見の人とは対話がなりたたない。かつては人びとに衝撃を与えたはずのそうした指摘が、いまやはじめから議論の前提になっています。
しかしながら裏面で、この社会は確実に「画一化」もしています。昭和の時代には「政治家なら裏金くらいあって当然」・「芸能人だもの、不倫のひとつやふたつは当たりまえ」ですまされたことが、よし悪しは別にしてもう通らない。
ローカルな慣習や暗黙の合意で処理されてきた事案が、ひとたび白日の下にさらされるや、非常識きわまる利権として糾弾が殺到し、だれも弁護に立つことができない。※1 コンフォーミズム(順応主義)を色濃く帯びたマス・ヒステリーは、もはや定期的な祭礼として定着した観さえあります。
晴れた空の下を塗りこめる霧のように、引き裂かれながら均質化してゆく社会という不思議。その逆説を解けないことがいま、私たちにとって「知ること」や「考えること」をむずかしくしています。※2
Instagramで友人はおろか、著名人の私生活でも覗き見できる今日、彼らについて以前よりも多くを私たちは「知って」います。ところが、それが相互理解を深めているとは思えない。作家のAと評論家のBが仲たがいしたといった、昭和なら文壇バーの常連でないと耳に入らなかった風聞も、二人のTwitterをフォローするだけでわかります。しかしそのことは、彼らの作品について深く「考える」きっかけにはならない。
※1 開沼博『日本の盲点』PHP新書、2021年、62―65頁。
※2 宇野常寛『遅いインターネット』幻冬舎、2020年、184―192頁。
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