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小泉純一郎から安室奈美恵まで――平成育ちの歴史学者が描く、団塊からZ世代まで必読の日本の全貌

平成史―昨日の世界のすべて

與那覇潤

平成史―昨日の世界のすべて

與那覇潤

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『平成史―昨日の世界のすべて』(與那覇 潤)

 しかし正解は、右記のどれでもない。西部邁(経済思想)が1979年、平成半ばに終刊することになる雑誌『諸君!』の4月号に寄せた、「反進歩への旅」という紀行文の一節です。※3

 これはけっして、先に名前を挙げた識者たちが怠惰だということではありません。むしろ私たちが生きる社会が直面する課題が、ここ半世紀ほどまったく変わっておらず――そしてなにより――そうした潜在する不変の構造を明るみに出し、私たちが常にそれに挑んできたという“同時代史”を描く営みが衰弱しているからこそ、過去の積み重ねが歴史として蓄積されない。

 結果としてあたかもループもののアニメのように、一定期間ごとに「同じような思想・運動」のブームが反復され、※4しかしまさに先行する経験を忘却しているがゆえに、挫折しては知性への信頼を損なってゆく。

 

 過去からの呼び声

 そうした状況は、実は平成期の日本に固有のものではありません。世界中で――いや、時期的に重なりあうポスト冷戦期の国際社会でこそ、より顕著であったかもしれません。

 実際に、「たかだか人間が全体像なんて、もう見渡さなくていい」といった議論は、いまやむしろ海外から、大きな声で聞こえてきます。

 インスタにアップする写真や、ツイートで使う語彙の膨大な蓄積をAI(人工知能)が解析して、ユーザーのひとりひとりに最適なターゲティングを代行してくれるようになる。そうしてメカニックに設定される、「あなたにとって最適な視野」の内側で暮らせば快適なんだから、それはそれで別にいいんじゃないか。IT業界の企業家はむろんのこと、歴史学者でもそう書く人が実際にいて、国を問わず広く読まれたりもしています。※5

 しかし、それはほんとうに心地よい世界でしょうか。あるいは、そもそも新しい発想でしょうか。

 たとえば情報技術がもたらす負の側面をより意識した、ある今日のデジタルアーティストの著作には、現代社会の隠喩としてこんな言葉が引かれています。

  

 思うに、神が我々に与えた最大の恩寵は、世界の中身すべての関連に思いあたる能力を我々人類の心から“取り除いた”ことであろう。……だが、いつの日か、方面を異(こと)にしたこれらの知識が総合されて、真実の恐ろしい様相が明瞭になるときがくる。そのときこそ、我々人類は自己の置かれた戦慄すべき位置を知り、狂気に陥(おちい)るのでなければ、死を秘めた光の世界から新しく始まる暗黒の時代(ニュー・ダーク・エイジ)へ逃避し、かりそめの平安を希(ねが)うことにならざるをえないはずだ。※6(括弧内と二重引用符は與那覇)


※3 西部邁『蜃気楼の中へ』中公文庫(改版)、2015年(原著1979年)、250頁(初出媒体により表記のみ修正)。サッチャー政権直前の英国滞在を踏まえたこの文章は、最初期の「新自由主義批判」でもある。
※4 具体例とその分析は、斎藤環・與那覇潤『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(新潮選書、2020年)の7・8章を参照されたい。
※5 ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来 下』柴田裕之訳、河出書房新社、2018年(原著15年)、9・11章。
※6 ジェームズ・ブライドル『ニュー・ダーク・エイジ テクノロジーと未来についての10の考察』久保田晃弘監訳、NTT出版、2018年(原著同年)、15頁(重引)。

単行本
平成史―昨日の世界のすべて
與那覇潤

定価:2,200円(税込)発売日:2021年08月06日

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