同調圧力、反日狩り、自粛警察、リベラルの暴走――現在日本に跋扈する「極論」を撃つ!
「あらゆる議論は最後には『空気』できめられる。最終的決定を下し、『そうせざるを得なくしている』力をもっているのは一に『空気』であって、それ以外にない」(山本七平『「空気」の研究』)
ああ、またか。今回のコロナ禍でも、われわれを動かしたのは科学ではなく、やはり空気だった。
もはや誰もが薄々気づいている。緊急事態宣言の発出タイミングにも、それにともなうさまざまな自粛要請の細目にも、科学的な根拠などないのだと。そこにあるのはただ、ひとびとが行楽に出かける大型連休などに合わせて、できるだけ刺激的なメッセージを発することで衆目を引きつけ、なんとなく危ないぞという空気を醸成することで、ひとびとの行動を変容しようとする企てにすぎない。
もちろん、そんな姑息なやり口はすぐに機能しなくなるため、感染者数の増加とともに、メッセージはどんどんインパクト重視で、非科学的になっていく。空気を読むことに長けたポピュリスト首長がここで跳梁跋扈したのも当然だった。標的とされた業界の不憫なること! しかも東京五輪だけは断固として実施の構えなのだ。
まるで戦前のよう? なるほど、コロナや五輪をめぐる混乱は、非合理な精神論を振りかざし、本土決戦を呼号した旧軍将校の振る舞いをほうふつとさせる。とはいえ、それだけで語れない現代特有の要素も見逃せない。それは、SNS社会の到来である。
ツイッター、フェイスブック、ライン、インスタグラム、ティックトックなどの徹底的な普及は、われわれの社会を一変させた。全国紙からまとめサイトまで、あらゆる情報はフラットに均され、大切にされるのはただページビューや動画の再生数のみ。そこに同時接続されたひとびともまた必然的に奥行きを失い、まるでボタンを押されるように、これまでになく効率的かつ効果的に感情を逆撫でられるようになった。
こうして、フェイクニュースやハッシュタグが乱れ飛び、陰謀論が猖獗をきわめ、デマゴーグが咆哮し、ネット右翼とネット左翼が反日やポリコレを呼号して果てしなく罵り合う悲惨な光景は、それが数日後に別の炎上ネタであっという間に忘れ去られてしまう軽薄さとともに、いまではすっかりわれわれの日常である。そして国家機関や政治組織までもここに分け入って、最新のエンタメをたくみに活用しながら、ひとびとの耳目を集めようとしつつある。
安倍晋三を侍姿に描いた「#自民党2019」を見よ、日本オリンピック委員会の「全員団結」プロジェクトを見よ。(海外の事例をあわせて引けば、)共産党の史跡をたどる中国のレッドツーリズムを見よ、「イスラム国」の勧誘動画を見よ。政治と文化芸術が複雑に結びつくプロパガンダへの再注目も、むべなるかな、自然の流れだった。
ようするにわれわれの社会は、SNSが加わったことで、超空気支配社会となり、これまでにない新しい同調圧力、新しいプロパガンダを生み出しつつあるのである。
はたしてこの社会は今後どうなるのか。
われわれはここでいかに生きていくべきか。
そのとき頼りになる座標軸はあるのか。
本書は、このような問いに答えんがため、SNS社会とプロパガンダに取り組んだ、“生傷の絶えない”評論の試みである。
生傷の絶えないというのは、本書に収められた論考の多くが、時々刻々と変化する現実に伴走しながら、オンラインメディア上で発表されたものだからだ。それは、殺伐としたネット空間に飛び込み、ページビュー獲得競争の泥に塗れ、罵詈雑言を含むさまざまな反応に晒されながらも、健全な立ち位置を求めて格闘することで、みずからの思考を鍛えることを意味した。
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